第20話 ノン・グラビティ・ウォーカー
「我々人類は、常に重力を感じながら生きている。違うかね?」
男の放った問いに、女は何も言わず、静かに頷く。無駄なことはせず、微動だにしない人形のような容貌の女に、男は続けた。
「だからこそ、ジャンプすれば高くは飛べずに着地するし、足で移動すればいつかは疲れを感じるようになる。それが普通の人間の感覚だ。しかし君は、少し違うらしいな」
女は両目を男に合わせ、口を小さく開けた。
「はい、違います」
男は、女に興味を持った。普通とは違う感覚とは何なのか。普通ではない雰囲気を持つ不思議な女に、男は聞いた。
「それは一体、どういうものなのかな?ハニー、説明してくれないか?」
名の知らぬ女を、ハニーと呼んだことに驚きながらも、男は、女の言う普通ではない感覚について知りたくてたまらなかった。
「なら歩きましょう」
説明のないまま、女がどこかに向かって歩き出す。
「ちょっと待ってくれ!どこ行くんだ!?」
「私について来て下さい」
男の慌てるような口ぶりに、女は振り返りもせず、ただ言葉を発した。それは、温かみもない、かと言って冷たさもない。まるで、感情のない機械が言ったかのように、そこには何も込められていなかった。
「ハニー、いつまで歩かせるつもりなんだ?さっきから同じところしか」
「疲れてきましたか?」
男は、女の見せた反応に驚いた。女がこちらに顔を向けている。目だけ動かせばいいのに、それこそ、らしくない無駄な動作だ。
「そりゃそうさ。疲れてるに決まってる。ハニーもそうだろ?」
女は首を横に振った。
「いえ、疲れは既に、消えてなくなりました」
「歩き続ければそうなる。正確に言えば、足の疲れが感じにくい状態になっているだけだろうね」
「それとは少し違います」
女の言う返答に、男はまたしても疑問に思った。少し違う?
「はい、つまりはこういうことです」
女がジャンプする動作を見せ、空中に浮かぶ。だが女は、いつまで経っても地面に着地せず、空中に浮かんでいる。男は、目の前の光景が信じられなかった。
「どうなっている?」
「ノン・グラビティ・ウォーカーだから、他とは感覚が違うんです」
「ノン・グラビティ・ウォーカー?」
「歩けば歩くほど足の感覚を無くしてくれる。それだけのテクノロジーです」
男は理解した。女はホモ・テクスで、女の言うノン・グラビティ・ウォーカーは、歩くほどに、疲れや重力から足を解放してくれるものだと。
「自由で良いな」
「自由じゃありませんよ。足以外の感覚は無くなりませんし」
男は首を傾げた。自由ではない?
「強風の日に使ったら、バランス崩して死にます」
男にそう言うと、女は身体を丸め、空中で1回転しながら着地した。お見事と拍手する男に、女が小さな声で言葉を残し、去っていく。
「前、それで死にかけたんで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます