第67話 強さは何かわかりませんがとりあえず特訓しましょう

「踏み込みがあまい」



 ネジは、ガリバーの足をはらいながら、ぶっきらぼうに告げた。



「人間は二本の足で立つのだから、すべては足が起点の動きとなる。足の裏は常に地面の上につけておけ。力はそこから伝わるんだ」


「ぜんぜんわかんない」


「そうか」



 ガリバーは地面にすっ転んで寝そべったまま、ぶーとれていた。人間の子供なのだから、理解できることに限界はあるだろう。だったならば、どうやって伝えればいい? そもそもネジだって戦闘理論を理解しているわけではない。受け売りをそのまま流しているのだから、噛み砕いて話すなんて器用なんてことはできやしない。


 根気よくいくしかないだろう。繰り返し言えばいつかわかるかもしれない。五年で足りるだろうか。



「足の裏を意識しろ」


「足の裏か」


「そうだ。足の裏を意識して素振りだ」


「はぁ。結局、素振りか」



 素振りは剣術の基本的な訓練だ。こんなことをしないと身体に動作を装填インストールできないのだから、人間というのは不便な生き物である。


 

「剣の振り方を、父親には教わらなかったのか?」


「うん。お父さんは戦うの得意じゃなかったから」


「そうか。他に教えてくれる者はいなかったのか?」


「んー、いなかった。吸血鬼ガブネス様は噛みつき方を教えてくれたけど」


「そうか」



 何やっているんだ、あの吸血鬼。


 

「まったく、子に生き方を教えるのが大人の役目だろうに。剣の振り方も教えなかったとは」


「う、う、お父さん」


「また泣くのか」



 父親のことを思い出してしまったらしい。それにしても、人間のって完全に欠陥けっかんじゃなかろうか。このすきにいくらでも殺すことができる。


 ネジがあきれていると、意外なことにガリバーは涙を拭いて、ぐいと立ち上がった。少しは成長したらしい。剣の振り方はなっちゃいないが。



「そうだ。泣いているひまがあったら剣を振れ。泣いてもただ時間が過ぎるだけだが、剣を振れば振った分だけ強くなれるぞ」


「はい、先生。でも、人間社会に戻るんだったら、そんなに強くなくてもいいんじゃないの? 肉がなければパンを食べればいいんだし」


「それは違うな。強くなるのは獲物を狩るためだけじゃない。もっと恐ろしい敵に立ち向かうためだ」


「もっと恐ろしい敵? ゴーレム?」


「違う」


「吸血鬼?」


「違う」


「魔王様?」


「違う。人間だ」


「人間?」



 ガリバーは首を傾げた。



「人間なんて恐ろしくないよ。だって、先生は僕のこと恐ろしくないでしょ」


「俺はゴーレムだからな。たかが人間に恐れをいだくことなんてない。だが、おまえは人間だ。人間の敵は常に人間だからな。おまえは人間の悪意に負けないように強くならなければならない」


「ふーん」



 やはりガリバーは理解できないといった様子だった。まだ人の悪意に触れたことのない彼にとっては、当たり前だ。きっと彼の父親は優しい人間だったのだろう。


 しかし、ネジは知っている。人間という生物が如何いかみにくいか、悪意に満ちているか、救いようがないかということを。


 それを今、ガリバーに説明してやる必要はない。したとしてもわからないだろう。しかし、いずれ知ることになる。知ってもなお、人間の社会で生きていこうとするのならば、強くなっておいた方がいい。


 おっと。これは過ぎた話だった。ネジにとっては、五年間、この森で生きる力を得てくれればそれでいいのだから。


 ガリバーの素振りをながめていたところ、遠くで鳥達が飛び立つ音が聞こえた。その音が静寂をおびやかす。もともと静寂など失われているが、この騒音は看過かんかできない。


 

「ガリバー、ここで剣を振っていろ。俺は用事ができた」


「え? 先生、行っちゃうの? 獣が来たらどうするの?」


「自分でなんとかしろ」


「えー」


「がんばれ」


「僕もついていっちゃだめ?」


「だめだ」


「ぶー」



 ガリバーはまだ知らない方がいい。別に思い入れもない人間の子供に対して、ネジは咄嗟とっさにそう思った。


 この子は、まだ人の悪意は知らなくていいと。

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