第64話 子供と話すときは子供と同じ目線で

「おい、人間、吸血鬼バンパイアはあぁ言っていたが、俺はおまえをあまやかしたりしない。最低限のことはしてやるが、あとは勝手にしろ」


「……」



 ネジが見下ろすと、人間の子供は何の反応もなくただうつむいていた。言葉はわかると言っていたが、嘘なのだろうか。それとも、ただ無視しているのか。


 怖いのか?


 確かに人間から見れば、ネジは化物である。岩石を積み上げた身体。人間の倍の身長があるのだから、子供から見れば巨塔だ。そもそも生物とは思えないだろう。


 とはいっても、この子は魔物の国に住んでいたはずだ。ならば、異形の者は見慣れているのではないか。



「まぁいい。ついてこい」



 ネジがのっそりと歩き始め、しばらくして歩みを止めて振り返る。人間の子供はまだその場にとどまっていたが、観念したように後を追ってきた。


 森の中で命はあふれている。食事には困らない。とりあえず雨風をしのげる寝床ねどこを用意してやれば死ぬことはないだろう。


 人間は木や石を積み上げて、小屋を作る。その中で寝るのだ。ネジにも作り方はなんとなくわかる。けれども、面倒なのでやりたくない。そこで思いついたのが洞穴ほらあなだ。


 獣がよく住処すみかにしている。人間も同じように住めるだろう。そう考えて、ネジはちょうどよさそうな大きさの洞穴まで人間の子供を連れて行った。



「人間、今日からここがおまえの住処だ」


「……」


「他に生きるために何がいる?」


「……」


「まったく。口がきけんのか」


「……家に」


「あ?」


「家に、帰りたい」



 人間の子供は、ぽとり涙を流しつつ言った。当然といえば当然だ。彼としては親を失い、知らないゴーレムにあずけられたのだから泣きたくもなる。まぁ、泣く機能はゴーレムにないので、人間の特性としての理解にはなるが。



「もう家はない。ここが家だ」


「家じゃない。穴だし」


「穴じゃない家だ」


「う、う、おとーぉさぁぁん」


「父親は死んだのだろう」


「すん、ぅ、お、おぉかぁーさん」


「母親も死んだと思え」


「うぅぅぅぅえぇぇぇぇえーーーーーん!」


「泣くな。うるさい」



 ネジが突き放すように言うと、人間の子供は余計に声をあげて泣いた。本当に言葉がわかっているのだろうか。まったくこちらの命令に従わないのだが。



「泣いても何も改善はしない。もっと合理的に考えろ」


「うぅぅぅぅぅあぁぁぁぁぁ!」


「事実を受け入れろ。生きるために必要なことをしろ」


「あぁぁぁぁぁぁえぇぇぇん!」


「人間には五年生きてもらわなければならない。最低限な助力はする。必要なことは言え」


「いぃぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁ!」



 だめだ。会話にならない。


 虹色鉱石につられて安請やすうけ合いしてしまったが、これは相当に面倒なことを押し付けられたのではないだろうか。ネジはどうしたものかと、ただ人間の子供を見下ろしていた。


 そこで思い出されたのは古い記憶であった。ほこりをかぶった頭の中の絵画かいがには、怒りっぽくなった人間の顔がある。そういうときは、たいてい腹が減っているときと決まっていた。


 ネジは、周りをかるく歩き回って、草場くさばをごそごそとかぎわけた。この辺りによく小鳥が集まっている。


 お、あった。


 目的のものをみつけて、ネジはどしどしと人間の子供の元に戻り、その大きな指を一本前に出した。



「食え」



 そこには小さな果実が乗っている。鳥が食えるのだから、人間も食えるだろう。人間の子供は、うたがわしげにながめていたが、そっと手を出して果実を手に取った。



「うまいか?」


っぱい」


「それはうまいということか?」


「うーうん」



 違うのか。


 ゴーレムは、人間のような食事はしないので味覚というものが理解できない。ただ人間が何かと味にうるさいことは知っている。


 

「うまい果実もどこかにあるだろう。それは自分で探せ」


「すん」


「もう一度言うが泣いても何も改善しない」


「でも」


「生きるために必要なことをしろ、人間」


「ガリバー」


「?」


「人間じゃない。ガリバー」


「あー、個体名か」



 ここに人間は一匹しかいないのだから、人間でいい気もするが。人間は数が多いから個体名が大事なのだろう。



「生きるために必要なことをしろ、ガリバー」


「何を、すればいいの?」


「知らん。俺はゴーレムだぞ」


「すん、すん、えーん」


「また泣くのか」



 困ったな、とネジはまた立ち尽くす。人間ですら面倒なのに、その子供となると余計に面倒だと、今さらながらに気づいたわけだが、それ以上に、一日も経たないうちにどこかに捨ててきたいと思ってしまって、この先五年間も飼っていられるか、相当不安なネジであった。

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