第8話 小手調べです

 広場に足を踏み入れる。


 石畳は、神殿の作られた時代を考えると、やけにしっかりとしている。彼女が整備をしているのだろうか。


 神殿の前で行く手をはばむ少女。


 僕達が近寄ってきても微動びどうだにしない。まばたきすらしていないように見える。本当に生きているのだろうか。


 戦型せんけいは、いつも通り。僕が前線で剣を構え、エミリーが後ろから援護をする。相手が待ってくれるのであれば、こちらは丁寧ていねいに強化魔法をかけるだけだ。


 動かない相手に、剣を向けるのはしのびない。なんといっても少女なのだ。しかし、試練の最中に、そんなあまいことを言っていては命を落とす。


 僕は、剣をたずさえ、一歩、一歩と間合いを詰めていく。


 ごくりと息をむ。


 ハンマーの大きさから、そろそろ少女の間合いに入る。僕の間合いから言えば、あと一歩は必要。しかし、あんな大物おおものが当たるか? 僕ならば、避けて、さらに一歩踏み込めるのでは?


 そう考え、僕は駆けだす。少女のふところへ向かい、剣を構え、一撃で仕留しとめられるように。



「初めまして、ロックロックと申します」


「!?」



 仕掛けたはずだった。


 しかし、僕は、いつの間にか、足を止めている。目の前に突如とつじょ現れ、ナイフで殺しに来る少女に、さらりと自己紹介されて。


 はや!?


 ナイフを剣で防げたのは、運がよかったとしか言いようがない。少女の姿に殺意がわかず、剣を後ろに構えていたのが、こうそうした。


 いや、命拾いした。


 

「ディラン様のお屋敷の給仕きゅうじをしております。お庭の手入れも、お屋敷の整備、お客様の対応をになっております」



 言葉と同時に、ロックロックと名乗った少女は、斬撃を繰り出してくる。その小さな体躯たいくからは想像できないほど、一撃一撃が重い。気を抜くと態勢を崩され、一気に命を奪われる。



「お客様にはとびっきりの歓迎を。その身を肉に、その身を骨に、その身を血の色に、きれいに染め上げさせてもらいます」


「ぜんぜん歓迎してないじゃないか!」



 表情一つ変えずに、ロックロックはナイフを切り返す。その速さは人間のそれではない。何かしらの補助魔法をかけているのか? こちらはエミリーがめいっぱいに魔法を使ってやっとである。


 だが、僕は一つの光明を見ていた。


 勝機がある。


 そう感じていた。


 機会を待って、僕はロックロックの攻撃を受ける。気を抜けない時間が続く。耐えろ。ここを耐えれば。


 ロックロックが、足を引き、ほんの少しであるが、大きく振りかぶる。


 これだ!


 僕は、全力をもって、地面を蹴る。ロックロックから少し距離を取り、すぐさま右側に回り込む。つまるところ、ロックロックの左手側だ。


 左手のハンマー。


 彼女は、こちらの間合いを理解してか、ナイフでの攻撃しかしてこない。それなのに、なぜかハンマーを決して手放そうとしない。


 だから、そこがすきとなる。


 案の定、ロックロックはついてこれなかった。ほんの一瞬、僕が早く、先手を持つ。


 手加減はしない。


 恨まないでくれよ!


 僕は、ハンマーを持つ左腕を切り落とすべく、下から大きく振り上げた。


 

 ガン!!



 え?


 想定しないにぶい音が鳴って、僕の思考は止まる。


 何が起こった?


 僕は、確かにロックロックの腕を斬り落としたはずだ。しかし、彼女の腕は健在けんざいだ。


 刃が通らない?


 僕の剣は、ロックロックの皮を斬ったところで止まっていた。


 驚いているのは僕だけで、ロックロックは当然のごとくといった表情で、ナイフの刃をくいとかたむける。


 ナイフは僕の首に最短距離で向かってくる。それを避けたのは反射。これも皮一枚。血が首から小さくとぶ。


 まずい!


 態勢たいせいを完全にくずされた。今、攻められたら対応できない。僕は、れた身体をそのまま後ろに引いて、なかば転ぶように距離をとった。


 一瞬切った視線を戻す。


 え?


 ロックロックは距離を詰めていない。その場で腰を落としている。


 振り上げられているのは巨大なハンマー。



「まじかよ」



 小さな体躯であるというのに、無垢むくな少女だというのに、かかげられたハンマーは、僕には、死神の大鎌デスサイズに見えた。



「歓迎します、お客様」 


 

 ハンマーは振り下ろされる。

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