第50話 贖罪の時


 義兄さんの魔法により完全に隔離された空間で私はじっと考えていた。


 最初の予定では義兄さんに会ったとき私のギフト【言霊】を使えば簡単に妹に戻れると考えていた。


 私のギフトは僅かだが因果に直接作用する。

 発動条件は私の思惑と相手の考えてる方向が同じか、私を信用して私の言葉を受け入れたときだ。


 エンハイムの王子のときは簡単だった。

 あの偽妹に懸想していた彼は相手にされていなかったことから嫌われているのかもと私にこぼした時があった。

 今なら分かるがあの偽妹は義兄さん以外に興味がなかっただけだが、その時はそんなことは知りもしなかったので偽妹から王子を引き離したかった私は囁いた『きっと他に好きな人がいて、貴方の事を疎ましく思っているのでは?』と……。

 すると偶然王子の目の前でクラスメイトの男子と仲良く話す偽妹の姿と出くわすことになる。

 同じような事が何度も続けば疑念が確証に変わり義妹から離れて行った王子は私を信用するようになった。それからは簡単で王子は益々私の手駒として役立つようになっていった。


 義兄さんが目の前にいる今となっては無駄な努力だったけど。


 他に確率は高くないが邪魔な人間を殺すときにも使えた。

 殺したい相手を同じように嫌ってる人物から何気なく言った『死ねば良いのに』なんて言葉に『そうだね』と囁やけば偶然その人間を殺すことのできるチャンスが生まれる。

 だいだいの人間はそれでも躊躇するが中には魔が差して本当に殺してしまう人間もいた。


 だから私は妹だった事を思い出して貰うために必死にアピールした。

 同情を買うために無様をさらし、憐れんで貰うために悲愴感を全面に出しもした。

 しかし、私が何度も囁いても義兄さんは私を妹として見てくれることはなかった。


 つまり、義兄さんは言葉通り私の事を一切妹として見ておらず、全く信用もしていないという事の証明だった。


 しかしチャンスは訪れた。

 義兄さんが贖罪の機会を与えてくれたのだ。


 容姿が醜くなるのは嫌だが、義兄さんも容姿は気にしないと言ってくれた。


 ただ義兄さんに渡したキメラブロブはまだ魔物の情報を集めていないものだったので忠告して魔物の情報を集めて貰うように促した。

 義兄さんの実力ならあのダンジョンなど比較にならない魔物の情報を集めてくるだろうからと。

 どうせ変わるのなら強い個体のほうが良いからだ。

 なぜなら私が渡した方の匣はキリアに使ったのと違い記憶保持の処理がされているためだ。

 体は醜くなるが強さを得られればそのまま義兄さんも取り込んで本当の意味でひとつになってずっと一緒にいられるのだ、こんな理想的な展開は無い。


 効くかは疑問だったが自分自身に前もって『義兄さんと一緒にいられますように』と言霊をつかったのが良かったのかもしれない。


 私は贖罪の日が待ち遠しくてたまらなかった。




 贖罪の日、義兄さまがメイドを一人連れて現れる。義兄さんとひとつになれる大切な日に無粋な邪魔者ではあったが見届人として許すことにした。


「それで覚悟は変わらないか?」


「はい、義兄さんの役に立てるのなら喜んでこの身を捧げます」


 言葉に偽りはない私はこの身を犠牲に最強の力を手にする。

 最強の力をもって義兄さんも取り込み私が守り続けるのだから。


「そうか、餞別代わりだこれを持て」


 渡されたのは水晶で出来た立方体だった。


「これは?」


「死地に赴く者が身に着けていた御守りのようなものだ」


 最後に情が湧いて義兄さんが私の身を案じてくれたということだろうか、それならと試しに懇願してみる。


「義兄さん……最後にお願いが有ります、せめて最後は妹として見送って下さいませんか?」


「無理だ、出来ない諦めろ」


 残念だが義兄さんに揺らぎはなかった。ある意味義兄さんにとっても最後のチャンスだったのだが仕方がない、予定通りにしよう。


「なら、せめて義兄さんの手で終わらせて下さい」


「ああ、元からそのつもりだ」


 義兄さんは渡していた白い匣を取り出すと私に向ける。

 いよいよだ私と義兄さんがひとつになる瞬間が間もなく訪れるのだ。


「それではお願いします」


 私は期待を胸に目を閉じて解放呪文を待つ。


『覚醒めよ暴食の匣、アナトアハトグルー。贄を喰い尽くせ』


 義兄さんが匣を真名で呼び掛けると覚醒めた匣は私を取り込む贄と認識し触手を伸ばして巻き付いてくる。体中を這いずり回るおぞましい感触だが義兄さんとひとつになるために我慢する。しかし耐えられず思わず声を上げてしまう。


「あっ、うっぅぅ」


「ああ、そうだ言い忘れていた。うちにも優秀な研究者がいてな……その人に見せたら記憶保持の処理がされてると言ってたからちゃんと頼んで外しておいてもらったぞ」


 悍ましい感触に耐えている時に義兄さんからとんでもない発言を聞かされる。


「えっ、えっ、いゃぁ、いゃぁぁあ、義兄さん助けて、いゃいやよただの化け物なんかになりたくない」


 私の思案が大きく外れる。記憶の保持ができなければキリアと同じただの化け物だ。なによりも前世も含めた義兄さんとの記憶が失われてしまうなんて余りに残酷だ。


「いゃぁあ、うぐぉ、ぶべぇ、むぐぅぅぐ」


 まるで私の懇願を遮るように匣から伸びた触手が私の口から侵入し喉を塞ぐ大小の触手が体を這い回り耳や鼻、体中の孔に入り込み私という人間を貪欲に取り込もうとするのが感覚で分かった。


 体中が触手に覆われ口が塞がれているが触手が空気を送り込んで来るのか窒息することはない。

 それと同時に絶え間なく苦痛、快楽、気持ち悪い不快感が交互に与えられる。

 そうした感覚が完全に溶け合い脳を侵食し、得も言われぬ恍惚状態に陥ったとき、今度は体からそれらが抜かれていくような感覚になる。


 もう、頭で考えることが難しくなってる中で記憶がひとつひとつ奪われていってしまう、何とか回らない思考で抵抗しようとするが無駄な足掻きで記憶は確実に失われていった。


 最後に一番大切に閉まっておいた義兄さんと初めて笑って話した記憶が思い浮かび、これが最後なんだと悟る、これだけはなんとしても守りたいと強く願いながら私は私でなくなった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 目の前でスゥインスタの王女が生体兵器へと変わる様をじっと見つていた。


「メヴィ様はお優しいのですね」


「どこがだ。裏切られたとはいえ元妹を平気で怪物にするような奴だぞ」


 匣に記憶保持の処理がされているのを分かったとき元妹の償いの言葉を信じてそのままにするか迷った。しかし僕は信じることが出来ずに記憶保持の機能を奪った。

 結果、元妹の最後の言葉からその判断は正解だったのだろう。

 それにもし贖罪の気持ちが本当なら渡した水晶のアミュレット【メメント】が力を発揮しただろうし。


「だからですよ、王族といえど条約侵犯の大罪人です。場合によっては侵略行為とみなされ処刑されてもおかしくありませんよ」


「交渉材料として生かされる可能性もあったがな」


「それこそ、まさかですよエンハイムがスゥインスタに何を求めるというのですか?」


 アリアの言い分は最もだった。僕は無意識に元妹が助かる道を望んでいたのだろうか?……しかし、こうなった今では意味のない問だ、もう贖罪のため元妹は身を捧げ今生体兵器として生まれ変わったのだから。


「それにあの魔物、プラチナドラゴンですよね龍種の中で一番美しいと言われる」


「ああ、可能なら騎乗龍にすることも考えていたからな、どうせなら醜いよりは美しい方が良いだろう」


 指示すれば元妹の姿に戻ることも可能だがスゥインスタの王女の姿でうろつかせる訳にはいかないのでメインはプラチナドラゴンの姿でいる様に指示した。

 素直に従うそれを見るに、どうやら元妹の記憶や思考は完全に失われたようだ。


「この子の名前は王女の名前に?」


「いや、贖罪を認めて生まれ変わったのだから改めて付け直そう…………そうだな、名は甕星ミカボシにするとしよう」


 だから僕は、本心はどうであれ元妹だったモノを僕の側に仕える事を許し、手向けとして妹だった時の名を織り込んで与えた。


 どうやら名前が気に入ったのか記憶が失われているはずプラチナドラゴン姿の元妹が頬を寄せてきた。


「……メヴィ様、記憶は失われてるのですよね?」


「ああ、そのはずだが……まあ、この程度は気にすることはないだろう」


 【メメント】が効果をなしたのかと思ったが、それにしては強い意思は感じられない飼い主に懐くペット程度のものだ。


「まぁ、メヴィ様がそういうのであれば私は構いませんが」


「取り敢えず一度ラボに連れていき問題ないか検査してもらう」

 

 アリアは多少警戒しているようだが問題ないと判断しラボに連れて行くことにする。仮に何かあればそこで判明するだろう。


 僕は甕星ミカボシを連れてラボに転移してリオ先輩に預けてくる。

 心なしか怯えてるようだったので安心するように撫でておき、リオ先輩にも検査以外には変な実験には使わないように釘を刺しておいた。


 その後は母上を経由して正式にスゥインスタに抗議文を出して反応を見ていたが事態が動いたのは火と水と風の月が過ぎた三ヶ月後の事だった。

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