第48話 ドランクキャット
目の前で繰り広げられていたのは、圧倒的なまでの力の前になすすべなく虐げられる最強生物になったはずのキリアだったモノの姿だった。
魔王四人の力とこのパルラキア地下遺跡群のダンジョンボスであるヒュドラ、始原龍の力すら得ていたのにまるで歯が立たない、先程までの戦いが何だったのかと思うほどの違いだ。
キリアだったモノが攻撃しようと形を変える瞬間に叩き潰される技でも魔法でもなくただの純粋な力だけでだ。その可愛らしい容姿からは想像もつかない暴虐の化身が目の前にいた。
私の計画がただの腕力に潰されていく。
この実験で寄生型キメラブロブが取り込んできた生命力が瞬く間に消費されて行く、始原龍やヒュドラの再生力を持ってしても追いつかない連撃が浴びせられ続ける。
「ウリャ、ウリャ、ウリャ、ウリャ、ウリャ」
焦点のあってない目で楽しそうにキリアだったものを殴り続ける姿は狂喜そのもので理性を無くした獣人がここまで恐ろしい事をいま身を持って実感している。
義兄さんが起こすなといった意味が今更になって分かっても、もう遅い。
目の前の肉塊が動かなくなった時次の標的になるのは自分だと悟る。
本能的な恐怖に襲われた私は全てを放棄してボスフロアから離脱を試みる。
しかし、なぜかダンジョン管理者である私の権限をもってしてもフロアから脱出が出来なくなっていた。
その間にも殴られ続けるキリアだったモノは魔王の姿を失い、ヒュドラの姿も失われ、始原龍の姿も保てなくなりつつあった。
そして、その後に残るのは非力なキリアの本体だけだ、それではきっと数秒も持たないだろう。
確実に迫る死の恐怖に私は震えるしかなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「だから言っただろうに」
目の前で震える元妹に声をかける。この女は僕のためと言いながらろくな事しかしたことがない。
ただ、それがまだ本当に僕の事を考えてのことならまだ許せたのに……今も昔も理想の兄を押し付け自分の思いを強要するだけだ。
震える声で僕に尋ねてくる。
「義兄さん、あれは何なのですか?」
「フォレスティ族といっても分からないだろう?」
獣人族でも戦闘に特化した種族。その力を恐れられ迫害された結果、辺境の森で暮らすようになり森の民として畏怖の対象となった猫人族。
そのフォレスティ族は戦闘のために木天蓼を使用する。
通常の猫人族なら木天蓼を摂取すれば酔って前後不覚になるくらいだがフォレスティ族は本能を解放する為に使う、理性のタガを外し戦闘に特化する為にだ。
ミィの場合まだ子供のためか効果は直ぐに現れず先に眠気に襲われるようだ。
そのまま寝続けて効果が切れれば問題無いのだが、もし途中で起きた場合はどれだけ酔いが残っているかで変わる。
酔拳では無いが酔いが深ければ深いほど強く狂暴になるのだ。
そして今のミィはかなりの泥酔状態に見えた。
これがアルコールなら解毒の魔法で解除しようがあるが木天蓼は解毒できない……それは確認済だ。
「ニャハ、ニャハ、クズは死ぬニャ」
予想通り酔いが強いのか使わないようにしていたフォレスティ族独特の口調に戻り、デカブツから人の形に戻ったスゥインスタの王子を肉片すら残さない勢いで殴り続けていた。
「ヒィィィイ、義兄さん助けて、助けて下さい。私はまだ義兄さんに償いをしていないのです」
「それなら動くな、敵と見なされれば容赦無いぞ」
こいつを許すつもりは無いがスゥインスタの王女としてはまだ使い道がある。
国家侵犯レベルの犯罪の主犯だ捕らえておけばいくらでも交渉材料として使えるからだ。
その間にミィはスゥインスタの王子だったものを肉片の欠片まで殴り尽くして分解し終えていた。
次の獲物を探すように辺りを見回すと僕と視線を合わせた。
「ニャハ、御主人ニャ、ミィと遊ぶために来てくれたのかニャ?」
焦点の合わない目ではあったが辛うじて僕は認識しているようだった。動き続けた事で少しは酔いが抜けてきたのかもしれない。
「ああ、ミィこっちにおいで一緒に遊ぼう」
「ニャハ、ニャハ、一緒に遊ぶニャ……でもその前にそっちの嫌な匂いのする女を処分してからニャ」
ミィは僕が瞬時に反応できない速度で王女の方に接近する。
「
咄嗟に指示をだすがミィの下段蹴りは障壁など紙くずのように突き破ると王女の足ごと叩き折る。折れた左足は千切れて吹き飛ぶ。
「ひぎゃっぁあ」
「ニャハ、クラリスの分なのニャ」
きっちり報復を実施しているあたり、どうやら思ってたより理性は残っているようだ。
前に比べて成長した影響か以前は敵味方関係なく暴れまわっていたのが嘘のようだ。
「ミィ、そんな雑魚と遊ぶよりこっちで遊ぼう」
ミィの興味をこちらに向けさせるために声をかける。
このまま好きなように殺らせることも考えたがミィにこれ以上つまらない事をさせても仕方がない。
理性が思ったより残っている今ならこちらに意識を向けてくれるはずだ。
「……そうだニャ、もう動かないし、つまんないニャ、御主人様と遊ぶニャ」
足を圧し折られ吹き飛ばされた痛みで気絶したのか分からないが動かなくなったのが幸いし興味が完全に僕の方に向く。
「それじゃあ、何をして遊ぼうか?」
「もちろん、御主人様と戦うニャ、今日こそ勝って見せるニャ」
やっぱりそうなるかとため息を吐く、理性は残っていても闘争本能がそれを上回ってるため遊びという名の戦いをミィは渇望してくる。
「分かった。ただその格好ではダメだ元の姿に戻りなさい」
「??? 良く分からないニャ、御主人様、難しいこと言わないで早く遊ぶニャ」
せめて武装戦衣を解除させたかったがそこまでは無理なようで今のミィには通じなかった。
「……分かった。それなら掛かってきなさい」
魔力を身体強化だけに特化させミィと同等の身体能力を得る。
「ニャニャニャ、やっぱり御主人様は凄いニャ。ミィとずっと遊んでて欲しいのニャ」
ミィは焦点の定まらない満面な笑顔という怖い表情で僕に向かってくると拳の連撃を繰り出してくる。
僕は拳をいなすとスキをみて腕を掴み放り投げる。さすがにミィを殴りたくは無いのでカウンターは基本的に投げだけだ。
ミィなら投げられても猫人族特有のしなやかな動きで着地は上手く取るので問題ない。
そんな攻防をミィの酔いが覚めるまで延々と続けた。
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