第26話 当主来訪


 ラボを後にし、マリをそのまま伴ってハルンホルンへと戻る。

 数日ぶりのアリアに出迎えられ、その日はマリとアリアの二人から労われることになり、二倍頑張って幸せな夜を三人で共有した。



 数日するとラボからリオ先輩の報告書が届いた。


 内容は池袋鏡花だった女の報告で。

 あの体は吸血種ではなく正確にいうと飛天族という亜人種で吸血種の能力の一部を与えられただけの眷属にすぎないとのことだった。

 吸血種と眷属の関連性は良く分からない事も多かったが、血を吸われただけでは眷属になることはないというのは判明していた。

 しかしあの女の精神は崩壊しており、記憶も抹消されていたため、残念ながら情報は得られなかったようだ。


 大塚光輝の方は引き続き実験体として活用していくと追記に記載されていた。





 更に数日経った頃、アリアから報告を受ける。


「メヴィ様、5日後リグレスカーマ様がお見えになるとのことです」


「母上がか!」


「えっ、義母様が来るのアリア」


 帰ってきてからベッタリのマリが嬉しそうにアリアに尋ね返す。


「マリカ、まだ義母様と呼ぶには早いですよ。私でも恐れ多くて呼べないと言うのにまったく」


 出来る女風眼鏡スタイルのアリアが羨ましそうにしながらマリに愚痴をこぼす。


「いいじゃない、将来はそう呼ぶことになるんだから」


「確かにそうですけど、公の場では控えないと駄目ですよ」


「分かってるわよ、メビウスの事だって公の場ではちゃんと様付けてるし」


 マリは僕に関しては怪しい所もあるが流石に母上に対しては場を弁えてくれると思う。


「普段から慣れてないとボロが出ますよ」


 呆れながらもどこか優しい口調で話すアリアはどことなくマリに甘い気がする。


「はいはい、それよりアリア準備するわよ。義母様方が来るなら、メイドとしてではなく将来の側室としてちゃんとお見せしないと」


 そう言うとマリはアリアの手を取る。


「いえ。別に私はこのままでも」


「だめ、だめ。5日じゃ型から作るのは難しいけどリメイクならいけるはずよ、行くわよ仕立て屋。腕の良いところはあなたの方が知ってるでしょう」


「ええ、西通りのアルベルの所がハルホルンては一番かと」


「じゃあ行くわよアリア。いいメビウスしばらくアリアの仕事は無しよお願いね!」


 マリは一方的に話を決めるとそのままアリアを連れて出ていった。


 嵐が去った後のように静かになった自室で考えてみる、母上がお見えになるなるのはどう言う理由だろうかと?



 現世で僕の母上にあたり、グラシャス公爵家の女当主、リグレスカーマ・ドゥ・グラシャス。


 ひと言で言えば破天荒な人だ。

 公爵位にありながら未婚のまま僕を生み、周囲を武力と権力で黙らせた。

 インメラルダ戦役にて敗走する自軍の殿を努め敵国の一個師団を食い止めるどころか壊滅させ、反撃の切っ掛けを作った、インメラルダの奇跡。

 輝く銀の髪から付いた渾名が『銀の閃光シルヴァーグリント』で、終いには敵はおろか味方にすら恐れられる存在になってしまったらしい。

 噂によると敵だった国では子供を躾けるときに銀髪の鬼女の話をするそうで、なんとそのモデルが母上らしいとのことだ。


 そんな泣く子も黙る女公爵閣下は僕に対してアリアやエルリック以上の過保護っぷりで、自分で言うのもなんだが溺愛されている自覚がある。

 しかも前世の母とどこか良く似た容姿と雰囲気だったせいか僕は不思議と違和感なく母親として受け入れていた。


 しかし母上も、今は王国正規軍の大将軍の任に就く忙しい身だ、いくら最近会ってないとはいえ僕の顔を見たさで来るとは思えない。


 考えられるとしたらカデンサでの一件だが、たかだか地方都市の出来事に母上が気にする何かがあるということだろうか?


 まあ、よく考えればあの母上の行動を予測するなんて無理なことだと散々考えた挙げ句にその結論にたどり着いた。

 ここは大人しく到着を待つことにして出迎える準備だけを整えよう。


 そう思ったところで、こういった指示を任せるアリアがいないので、他の文官を呼んで準備を任せることにした。




 それから5日後、予定取りに僕の現世における母上が到着した。

 公務では無いためか馴染みの軍服ではなく、美麗なドレス姿でお見えになり、僕から見ても40代とはとても見えない美貌は衰えどころか妖艶さすら醸し出していた。

 その美貌と地位から今でも求婚者は後をたたないらしく他国の王室から婿入りの打診があったという噂もきいた

 

「母上、よくいらっしゃいました」


 僕は到着した馬車まで出迎えてエスコートする。

 本来なら厳重な護衛がつけられるエンハイムの最重要人物なのだが、昔から母上は物々しい警護を嫌いこうやって最小限の近衛だけを連れてお忍びで動くことがあった。


「メビウス。久しぶりですね、少し見ない間にまた凛々しくなって母は嬉しく思います」


 少数とはいえ護衛の兵士達が見ている中で、無意識に抱きしめて来ようとする母上を制して館に特設させた貴賓室まで案内する。


 しかし部屋に入り、人目が無くなったとたんに我慢の限界を迎えた母上が本性を現した。


「も〜、メヴィちゃん。さっきはママの抱擁を避けようとするなんて悲しくて胸が張り裂けそうだったわ」


 そう言って胸を揺らして強調しつつ僕を瞬時に抱きしめてくる。

 胸に目を奪われ油断していたとはいえ反応できなかった。


「母上、流石に、この年でこの姿を人前では見せられませんよ」


 何とか抱擁を逃れようと身動ぎするが何故かどんどん締め付けが強くなっている気がした。

 

「えー、親子の仲睦まじい姿なんだから。それこそ大衆に見せつけてサービスしないと」


 何を持って大衆の為のサービスかは分からないが、あらぬ誤解を招きそうで怖い。


「母上、いい加減離して下さい」


「いーやーよー、今日はたっぷりメヴィちゃん成分を補給するんだから」


 足掻けば足掻くほど沈んでいく底なし沼にはまつているような僕にさらなる追い打ちが掛かる。


 扉がノックされアリアの声が聞こえてきたのだ。


「失礼しますリグレスカーマ様、到着とお聞きしたので、私アリアスフォードとマリカマリウス、共に挨拶に参りました」


「あら、メヴィちゃんの可愛いお嫁さん達が来てくれたみたいね……どうぞお入りなさい」


 母上が入室を許可し、入ってきた二人はいつもの星十字のメイド服では無かった。

 社交界に出るような派手さは抑えつつ、しかし上品さは損なわれていないエレガントなドレスに身を包んだ二人が入ってきた。


「まあ、まあ、何て素敵なんでしょう」


 僕を抱きしめたまま二人を見て感嘆の声をあげる。

 僕はばっちり恥ずかしい姿を二人に見られる。


「ご無沙汰しておりますリグレスカーマ様。変わりないお美しいお姿を拝見でき光栄です」


「義母様、お久しぶりです。相変わらずの美しさですね。今度、秘訣を教えて下さいね」


 対称的な二人の挨拶に対し、母上はアリアの方に駄目だしをした。


「もう、アリアちゃん。他に人がいない時はお母さんと呼んで良いって言ったでしょう。はい、やり直しよ」


「それは、余りに恐れ多くて……」


「何言ってるのよ、貴方は対外的にまだ発表できないだけで、内々的にはメヴィちゃんのお嫁さん、つまり私の娘でもあるのよ、そんな可愛い娘から他人行儀に話しかけらたら悲しいじゃない……だから私のためにも呼んでくれるかしら」


「……分かりました。その……御義母様」


 珍しく照れたアリアを眺める。

 普段優秀な万能メイドも母上にかかればただの年頃の娘になるようだ。

 そんなことを思っているとニヤニヤした顔のマリが僕に話しかけてくる。


「それにしても、メビウスは相変わらずの義母様が大好きみたいね」


「うぐっ」


「あら、私は可愛い娘も大好きよ」


 母上はようやく僕を解放すると、今度はマリを抱きしめた。

 咄嗟のこととはいえマリも反応出来ずに母上にされるがままになっていた。

 

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