第28話 空中要塞ベレヌス

 その日、日本は騒然となった。


 正午ちょうどに、椿の手であらゆる電波、ネットに繋がっているあらゆる端末を占拠ジャックし、《ディバイン・リベリオン》の盟主グランドマスターが直々に姿を見せ、政府に対して声明を発表した。

 その内容は今から七二時間後に東京都を消滅させるという、タチの悪い冗談にしか聞こえないものだった。


 声明を聞いた多くの者が、そんなことできるわけがないと一笑に付す中、グランドマスターは言う。


『嘘かどうかは、我が力の一端を見てから判断するがよい』


 その言葉の後、関東某所で巨大な光の柱が天を衝く様を、その周囲十数キロ圏内に住んでいた人々が目撃した。


 光の柱が消えた後はどうなったのか……それを知らしめるためか、占拠ジャックされていた電波と端末が一時的に復旧したため、メディアは大急ぎで報道ヘリを飛ばし、現地に向かわせた。

 ヘリに乗っていたカメラマンがとらえたのは、そこにあったはずの山の代わりに、底が見えないほどのうろを映した大穴だった。

 それだけでも日本中の人間の肝を潰すには充分すぎたというのに、カメラマンはもう一つ、とんでもないものをカメラに映してしまう。


 大穴の上空には、機械的な外観をした巨大な空中要塞が浮かんでいた。


 底部が釜のような形になっている円盤の上に、メキシコの太陽のピラミッドが載っているような形状をしていた。

 ピラミッドの一辺は優に二キロメートルを超えており、それほどまでに巨大な建造物が空を飛ぶ様は、壮観を通り越して悪夢じみていた。


 大穴とともに、その空中要塞をしっかりと見せつけたところで、再び電波と端末は占拠ジャックされ、グランドマスターが姿を見せる。


 グランドマスターは言う。

 この力――ディバイン・トリビューナルをもって、東京を消滅させると。

 七二時間という期限は、都内にいる人間たちに与えた逃げるための猶予だと。


 グランドマスターは政府に問う。

 他の者たちと同じように東京を見捨てて逃げるのか。

 それとも、ディバイン・トリビューナルを止めるために、この空中要塞ベレヌスに戦いを挑むのかを。


 政府は選んだ。

《ディバイン・リベリオン》を倒し、東京消滅を食い止める道を。


 だが、事は政府が思っている簡単な話ではなかった。

 ベレヌスは東京上空を飛んでいるため、戦闘機やミサイルなどで攻撃を仕掛けることはできない。

 ベレヌスそのものが墜落することは勿論、その破片が落下するだけでも大惨事になるからだ。


 となると、ヒーローをベレヌスに送り込み、グランドマスターを討ち果たす以外に道はないわけだが、全国各地に存在するエネミー組織が《ディバイン・リベリオン》の声明に呼応するようにして一斉に破壊活動を開始したため、都外からのヒーローの応援は今まで以上に望めない状況になっていた。


 ゆえに政府は、この東京を護ってきた三人のヒーローに全てを託すことに決めた。


「よく来てくれた。二人とも」


 アンブレイカーは、すでに変身しているフォトンホープとピュアウィンドに向かって言う。


 三人は今、空中要塞ベレヌス攻略の段取りを詰めるために、関東某所にある航空自衛隊基地の一室を借りていた。とはいっても、三人にとって段取り云々は、あくまでもついでにすぎないが。

 アンブレイカーは早速、この部屋にいる三人以外には聞かせられない本題を切り出す。


「単刀直入に訊く。二人とも、?」


 五日前、九宝院椿カーミリアから聞いた九宝院夫妻の死に様は、若き二人のヒーローに衝撃を与えて余りあるものだった。

 それによって迷いを抱えてしまった人間ヒーローを、日本の行く末を決める戦いに連れて行くわけにはいかない。だからこそ確かめる必要があった。


「戦えます」


 力強く、フォトンホープは断言する。


「正直に言うと、少なくともカーミリアは、単純にエネミーだの悪だのと決めつけていい人ではないと思います。ですが、やっぱり《ディバイン・リベリオン》がやっていることは間違っている。どんな理由があったとしても、東京消滅こんなことが許されていいはずがない……!」


 フォトンホープは碧い目で、真っ直ぐにアンブレイカーを見据える。その目からは迷いの欠片も見受けられなかった。

 今この時も東京から脱している人たちの帰る場所を護るために、《ディバイン・リベリオン》を討ち果たすという気概に充ち満ちていた。


「わたしは……正直、迷いがないと言えば嘘になります」


 ある意味では、フォトンホープよりも正直にピュアウィンドは告白する。


「ですが、フォトンホープの言うとおり、こんなことが許されていいはずがありません。わたしはただ護りたいんです。この国を。この世界を。そこに生きる人たちを。そしてそれこそが、わたしが戦う理由であり、信念でもありますから」


 ピュアウィンドもまた、翡翠色の目でアンブレイカーを見据える。

 迷っているという言葉とは裏腹に、微塵の迷いも感じさせない決意を双眸に宿して。

 だが彼女の優しい性格を考えると、ふとした拍子に〝迷い〟がぶり返すことがないとは言い切れない。


 ゆえにアンブレイカーは、そうならないための後押しをすることに決めた。


「ピュアウィンド。空中要塞ベレヌス攻略にあたり、一つだけ注文オーダーがある」


 彼女は覚悟を固めるように唇を引き結ぶと、「なんでしょうか?」と返した。


 アンブレイカーはあえて、普段よりも語気を強めて言う。



 東京消滅阻止に加え、《ディバイン・リベリオン》の本拠であろう空中要塞に乗り込む以上、アンブレイカーはもとより、エネミーに対しては一切手加減しないと決めているフォトンホープが敵をあやめることは避けられない。

 ピュアウィンド一人に「敵を殺すな」と注文をつけたところで、詭弁にすらなっていない。

 だが、詭弁にすらならない言葉でも、〝迷い〟によって彼女が命を落とす可能性を下げる一助にはなる。

 事実、ピュアウィンドは先程以上に確固たる決意を双眸に宿し、力強い首肯を返してくれた。


 若き二人のヒーローが覚悟を示してくれたことに、アンブレイカーは少しだけ表情を緩める。


「正直な話、君たちがカーミリアの話を聞いてなお、戦いに臨む覚悟を固めてくれたことに安堵している。ベレヌスに乗り込むには、君たち二人の力が必要不可欠だからな」

「僕たち二人の力ですか?」

「そうだ」


 言いながら、部屋の隅にあったホワイトボードの前に移動し、言葉をつぐ。


「それではこれより、ベレヌス突入の段取りを詰める。まずは叩き台となる案を説明するから、君たちの力でできること、できないことがあったら、適宜てきぎ意見を述べてくれ

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