第20話 最後の〝釘〟

 研究室を後にした大地は、椿の案内のもと幹部専用の通路を歩いていく。

 下っ端の間では開かずの扉扱いされていた扉を抜けて――どうやら生体認証で開くらしい――こうして幹部専用の通路を歩いている現実に、ちょっとした感慨を覚えながらも進んでいき……通路の終着点となる扉の前に辿り着く。

 例によって生体認証で扉が開き、中に入ると、神殿めいた空間が大地を出迎えた。


「これはまた、未来から古代にタイムスリップしたかのような落差だな」

「情緒の欠片もない例えだな」


 椿は呆れたため息をついた後、教え諭すように説明する。


「ここはひじり。グランドマスターと、わたしたち三幹部が会合に使う小広間だ」

「会合っつうか、謁見の間みてぇなノリに見えるのは気のせいか?」


 聖の間奥にある、小舞台に設置された玉座めいた座具を顎で示しながら言っていると、



「我は、ここまで大仰なものを用意しなくてもよいと言ったのじゃがな」



 どこからともなく老爺の声が聞こえてきたのも束の間、突然小舞台の座具が光を発し、大地は思わず目をすがめる。

 ほどなくして収束を開始した光が一人の人間を形作っていき……完全に光が消えた頃には、西欧の神にも似た容姿をした老爺が座具に腰掛けていた。


「オーガよ。先に断っておくが、確かに我はカーミリアがアジトの図面を引いた際に、このような空間があった方が個人的には落ち着くとは言ったが、ここまでやれとは一言も言っておらんからな」

「あの時は、ちょっと興が乗ってしまっただけです。グランドマスター」


 からかうようなグランドマスターの言葉を、椿は冷静に受け流した。と言いたいところだが、内心ではちょっと興が乗ってしまったことをちょっと以上に恥ずかしいと思っているらしい。耳がほんのり赤らんでいた。


 そのことを指摘してやろうかどうか迷っていた大地だったが、ふと、とある事実に気づいて素っ頓狂な声を上げる。


「って待てよ、椿がオレの前からいなくなったのが四年前だから……この要塞みてぇなアジト、いったいどんだけ短期間で造ったんだよ!?」

「一年だ」


 椿の口から出てきた数字に、大地は絶句する。

 常時光学迷彩が施されているせいもあって、アジトの具体的な大きさは大地も把握していない。


 だが、行き来する場所によっては一キロから二キロほど歩かされることがあるため、頭に「超」がつくほどの巨大建造物であることだけは体感的に理解していた。

 理解していたから、たった一年でこのアジトを建造したという事実に驚愕を隠せなかった。


「立場や生活があるから表立ってというわけにはいかないだけで、グランドマスターの思想に共感し、《ディバイン・リベリオン》に協力してくれる者は数多い。出資に、パワードスーツの大量生産、アジトの建造を手伝うといった形でな」


 どうりで――と思う大地をよそに、椿は話を続ける。


「彼らの協力を最大限に活用するために、わたしはアジトを無数の区画に分ける形で図面を引き、全世界にいる協力者たちに区画ごとに建造してもらうことにした。そうすればこちらでやる作業は、完成した区画をこの地に集めて組み上げるだけで済むからな。だから、一年という短期間でアジトを建造できたのは、ひとえに協力者たちのおかげというわけだ」


 などと言っているが、ただ大量の人員を投入しただけで、この巨大なアジトをたった一年で建造できるとは到底思えない。

 おそらくは、椿が微に入り細を穿つほど完璧に段取りを組んだからこそ実現できたのだろうと、大地は推測する。


「ところで、カーミリア。すげぇ今さらだけど、オレ、ボスにこうべを垂れるとかしなくてよかったのか?」

「そのボスに向かって指差している時点で、言っていることとやっていることが矛盾していることに気づけ。阿呆」


 そんな漫才じみたやり取りに、指をさされた当人は「ほっほっほっ」と愉快げに笑った。


「そんなことをする必要はどこにもない。我は確かに《ディバイン・リベリオン》の盟主を務めてさせてもらっているが、其方そなたたちを従えているつもりは毛頭ないからのう。じゃからカーミリアには、我に対してそのような堅苦しい物言いをする必要はないと、何度も言っておるのじゃが……」

「敬意を表したい相手に敬語を使うのは、わたしの勝手です」

「というわけじゃ」


 トホホと言わんばかりに、ため息をつく。

 見た目の割にはフランクな盟主だな――と心の中で思えど、さすがに口には出さなかった。


「して、カーミリアにオーガよ。其方そなたたち二人を呼んだのは他でもない」


 グランドマスターは持ち上げた掌を上に向ける。

 すると、掌上に浮かび上がる形で、光輝く〝釘〟が具現した。

 その〝釘〟を見て、大地は思う。煌成高校で戦った――


「フォトンホープなるヒーローの力に似ている――と、言いたそうな顔をしておるな」


 こちらの心を読んだかのような指摘に、さしもの大地も目を見開く。


「やはりそうか。じゃが、実際にこの目で確認せんことには、確かなことは何も言えん。フォトンホープの力の源泉が、我と同じである可能性が高いとだけ言っておこう」


 次にグランドマスターは、椿に視線を送る。

 椿が首肯を返すと、グランドマスターの掌上に浮いていた〝釘〟が、ふよふよと彼女のもとへ飛んでいった。


「最後の〝釘〟を刺す地点は、幸いなことに我々が隠れ家セーフハウスとして使っている場所にある。さらに付け加えると、このアジトから其方そなたの両親の墓へ向かう途上でもある。ご両親の命日にこのようなことを頼むのは心苦しいが、見ようによってはこれは運命ともとれる」


 グランドマスターは一呼吸置いてから、おごそかに椿に訊ねる。


「カーミリアよ。最後の〝釘〟、其方そなたに託してよいか?」


 椿は眼前に浮かぶ〝釘〟を両手で包むように受け取り、決然と「はい」と返した。


「つうことは、オレはカーミリアの護衛としてついて行けってところか?」

「うむ、そのとおりじゃ。それに其方そなたも、カーミリアのご両親とは面識があるのじゃろう? 顔を見せて差し上げれば、彼女のご両親もお喜びになると思うてな」

「ですね」


 感謝するように椿。


 一方大地は、エネミーの親玉らしからぬグランドマスターの気遣いに苦笑を噛み殺していた。

 椿が尊敬している時点でそうだろうとは思っていたが、この老爺、なかなかに人格者のようだ。

 もっともエネミーの親玉である以上、人格者は人格者でも頭に「味方限定」がつく可能性があるかもしれないが。


「ところで、ボス。アンタに一つ訊きたいことがあるんだが」

「我がこの世から東京を消そうとしている理由について――じゃろう?」


 ピタリと言い当てられ、大地はいよいよ閉口する。


「まさかとぁ思うが、心が読めるとか言わねぇよな?」

「さすがにそんな力は持っておらんよ。言ってしまえばアレじゃ、年の功というやつじゃな」

「それならまだ、心が読めるって言われた方が納得できるっての……」


 げっそりとする大地に、グランドマスターは「ほっほっほっ」と楽しげに笑った。


其方そなたを呼んだのは、まさしくその話をするためでもある。明日、カーミリアと二人だけで〝釘〟を刺してもらうにもかかわらず、何も話さないというのは少々義理に欠けるからのう。じゃから其方そなたの望みどおり、全てを話してやろう。其方そなたが今まで従事してきた任務――審判計画についてのう」

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