第36話:村長の話①
その日の晩は、オプールの家に泊まった。オプールの妹たちの部屋にお邪魔し、寝床を共にさせてもらうことになった。
初め少し心配していたのだが、リンはオプールの妹たちとは普通に接していた。
というよりも、3人の妹たちと自己紹介したり、妹たちが宝物だというものを見せてもらったり、毛並みを褒め合ったりとかなり楽しそうだった。むしろ俺の方がその輪になかなか入っていけずぎこちなくなってしまったぐらいだ。
遠巻きにリンと妹たちの様子を見ながら、オプールに一番年が近い妹――つまりこの中では一番姉に当たる――の様子はやはり気になった。年が一番近いこともあってか、リンと頻繁に会話をしている中でもなぜか表情が暗いように見える。
俺たちがこの村にどれぐらいいるのかまだ未定だが、できたら彼女が兄とのわだかまりを解消するまでを見届けれたらいい。そんな無責任なことを考えながらその日は眠りについたのだった。
翌日、朝ご飯を食べてから体を洗ったり服を着替えたりして身だしなみを整えた後、オプール父に連れて行ってもらって俺たちは村長の家へと向かった。言わずもがな、俺自身のことやこの世界のことについて色々と教えてもらうためだ。
おれ自身に記憶が無いというのは、オプール父を通して既に伝えてもらっている。
村長宅への移動最中、オプール父からも色々話を聞いた。
オプール父はどうやらこの村の副村長的立場にいるらしく、村長ともこの村が成立して以来の旧知の仲ということらしい。当時オプール父と母は俺たちと同い年ぐらいだったそうで、この村は成立してからまだ20年ほどしかたっていないそうだ。
「当時の村人は、村長と私とアムーラ、そして森の中で偶然であった獣人2人の5人だけだったんだ。……その2人は、つい数年ほど前に無くなってしまったが」
そう語るオプール父は、目頭を押さえるような動作をした。昔を懐かしんで、少し感傷的になっているようだ。
しかし、たった20年ほどで、物資もほとんどなしのスタートでここまでの村を築き上げれるのだから、やはり獣人の身体スペックはかなり高いのではないだろうか。
ここの村人たちの様子を見てからずっと疑問に思っていた。なぜ獣人は人間の奴隷になってしまっているのか。
身体能力だけ見たら、そんじょそこらの人間より圧倒的に強い者ばかりだと思うのだが。
そんな俺の疑問に、オプール父は難しい顔を浮かべて顔を横に振った。
「分からないが……少なくともこの村を襲ってきた連中は、あの鉄球の男を筆頭に圧倒的に強かったんだ。誰一人、手も足も出なかった」
そこだ。確かにあの男だけ、明らかに抜きんでて強かった。
その後兵士たちと戦った時も、リーダーの男だけ火魔法が明らかに強力だった。人間は、一人一人の力量差があまりに大きいように感じた。
それに比べて獣人は、全員が平均的に何かしらの強みを持っていて、差はあまりないように感じる。俺は例外として。
「人間はきっと、嫌な奴ほど強くなる仕組みなのよ。絶対そう!」
「凄い仕組みだなそれ」
声高々にいい加減な予想を叫ぶリン。
そう言いたくなる気持ちも分からんでもないけどな。実際、戦ってきた強い人間は最低な奴ばっかりだったし。
村長宅に着くと、まずその立派な外観よりも先に、その軒先で剣をぶんぶん振り回している奴がいるのが目に付いた。そいつはこちらに気が付くと、汗だくなのを何ら意に介さず駆け足でこちらに近づいてきた。
「獣神様! 何か御用でございますか? ま、まさか……このフェイリオの鍛錬をご覧に!?」
いや、違えよ。てかこんなところで何やってるんだお前。
そのすぐ後に、兄の鍛錬とやらを眺めていた妹の方もトコトコと寄ってきた。
「ルー様、これあげるのー。凄く真っすぐで何かに使えそうなのー」
そう言って、手渡しでもらった物は木の棒だった。もう本当に、何の変哲もないただの棒。
この子はこの子で感性が独特だな……。
「……」
何かめっちゃ注目されてるし。捨てづらい。
「あ、ああ。ありがとう、保管しておくよ」
「フスー……」
とりあえず自分の影の中に放り込んでおいた。影魔法ほんと便利。
妹の方はとりあえず満足したのか、一回大きく鼻息をつくと俺への注目を外してくれた。
かと思うと、今度はリンの方にも同じ棒を差し出していた。
「あなたにもあげるのー」
「えぇ? あ、ありがとう?」
「フスー」
リンが服のポケットにしまったのを見ると、また鼻息をついてから兄の元へと戻っていった。何なんだこいつは。
狐兄妹の謎のやり取りに俺たちが二の足を踏んでいると、家の中から高笑いを上げながら村長が出てきた。
「アハハハハァ! さしものお前さんも、この兄妹の扱いには苦労するか」
「あんた……子供たちの行き先を考えるって言ってなかったか? こいつらここで何してるんだよ」
何となくムカついたので、昨日この女が言っていた言葉をそのまま引用して文句をつけてやった。俺の言葉遣いが不遜すぎたのか、隣でオプール父が慌てているが関係ない。俺はこの村の住人ではない、ただの流れ者の獣人なのだから。
「ふむ……そこのところの事情も合わせて話してやろう。ひょっとしたらお前さんも関わることになるやもしれんことだからな」
だが村長の女の方はさして堪えた様子もなく、さらりと俺の言葉に答えた。そして長い髪をふわりとなびかせながら、再び家の中へと戻っていく。
「入りな。中で話そう」
言われなくても、そうさせてもらおう。
ようやくだ、ようやく今日俺は、自分のことに関して一歩先に進めるかもしれないのだ。
俺は不思議そうにしている狐の兄妹たちを横目に、意気込んで大きく一歩を踏み出した。
家の中は、入っていきなり大きなテーブルが目に付き、そのテーブルを囲むようにいくつもの椅子が設置されていた。恐らくここは、村のことについて話し合う会議場としての機能も果たしているのだろう。
村長の女が入り口から反対の最奥に座り、その隣にリーデルが、そしてそれに向かい合うように俺とリンが座った。村長のお付きの獣人と、狐の兄妹には席を外してもらっている。
家の中に俺たち4人だけになった瞬間、いきなり村長の女がテーブルに打ち付けんばかりに頭を下げた。
「まずは礼を言わせておくれ、村の者たちを助けてくれて本当にありがとう……!」
「そ、村長っ」
女は何度も頭をテーブルに擦り付け、そこから涙をすする声と嗚咽すら聞こえてきた。
突然のことに面食らう俺とリンだったが、それ以上に慌てた様子でその肩を支えるのはオプール父である。やがて、何とかといった感じで落ち着いた女は、オプール父に持ち上げられうような格好でようやく顔を上げた。
顔全体が真っ赤で、涙でぐしゃぐしゃだ。つい先ほどまで悠然としたたたずまいを見せていた女と同一人物だとはとても思えなかった。
「村長、一旦休まれた方が……」
「リーデル、ここには私たちだけだ。そんな堅苦しい呼び方はやめておくれ」
「……モーディさん」
オプール父にそう呼ばれた女は、とても穏やかな表情で微笑んだ。その表情の柔らかさに驚き、ますます目の前の女のことが分からなくなる。
モーディと呼ばれた女は、俺たちの方を向くと再度頭を下げた。
「名乗りが遅れたね。私はモーディ、一応この村の村長ということになっている」
もう流石に知られているとは思うが、名乗りに対して俺たちも自分たちの名を告げる。
モーディは顔を上げて俺たちに微笑みを向けた。
「ルー、リン。お前たちには本当に感謝しているよ。この村の者たちはみんな我が子も同然なんだ。そんな村の危機に、私は何もできなかった。それどころか、唯一残ってくれていた若者一人飛び出していくのも止められずに……今すぐこの座をリーデルに明け渡したいぐらいさね」
「モーディさん、またそんなことを。貴女なくしてこの村の存在は……!」
「あー……ちょっと、いいかな」
また血相を変えたオプール父が何か言いだしそうだったので、空気をぶち壊すの覚悟で俺は口を挟みこんだ。
何やらこの二人にはただならぬ事情がありそうだが、そんなもの俺にはどうだっていいのだ。俺が聞きたいのは、ただ俺自身の正体に関することだけ。だから、矢継ぎ早に話を進めさせてもらうことにした。
「感謝はまあ、一応受け取っておくよ。だけどさ、この村を実質救ったのはオプールさ。あいつが勇気を出して人間の町まで出てきていなかったら……そこで俺たちのことを巻き添えにしてでも仲間を助けるために全力を尽くしていなかったら、きっと今の結果はなかった」
「オプールが……いや、しかし」
オプール父は俺の話を聞きながら、それでも父として息子を心配する気持ちは止められないのか、頷きながら首を振るという器用な真似をやってのけていた。俺はそのオプール父にも向けて、俺の素直な感想を述べる。
「あいつのしたことは、だいぶ無謀だったとは思うけど、あいつが動かなかったら……何なら一人じゃなかったら俺が関わることも無かっただろうし。そういう意味でも、村長さんもそこまで自分の行動を悔いることはないんじゃないか?」
とりあえず話を進めるために終始早口で語ったが、これは間違いなく俺の本心でもあった。要約すれば「全部結果オーライだし、難しく考えないでオプールを褒めてやってくれよ!」である。
「……そうだね。新しい世代を担う若者が逞しく成長したことを喜ぶことにするよ」
「あいつが次世代を担えるかどうかは分かりませんが……私も同意します、モーディさん」
俺の懸命な語り口が功を奏したのか、二人とも一応納得してくれたようだった。
良かった、これで話が先に進めれる。
リンは俺の面倒くさがりが発揮されたのを敏感に察知したのか、先ほどからずっと横目でにらんできていて怖かった。
俺は一番聞きたかったことを早速質問した。
「それで、あんたは知っているのか。俺のその……狼の獣人のことを」
俺は切り出す。あまりに何も知らない、分からない自分自身のこと。
この体に内包されている、数々の特徴。その根源であるはずの、俺自身の獣人としての種族のことを。
質問に対し、モーディは迷うことなく深く頷いた。
「ああ、よぉく知っているよ。その耳、尻尾……懐かしいねえ。やっぱりその爪や牙は変形させることができたりするのかい」
「……っ!」
そこまで知っているのか。これはもう間違いないな。
こいつは、俺の種族である狼の獣人について知っている。
だが、モーディの言葉の途中に引っかかる言葉が出てきた。リンも気になったのか、俺が尋ねるより早く彼女の方が疑問を口にしていた。
「あの、懐かしいって……?」
そう彼女は言った、「懐かしい」と。それはつまり……。
モーディは昔を思い出しているのか、薄く瞳を閉じていた。その瞼の裏で、当時の光景が映し出されているのだろうか。
しばらく沈黙が続いた。
そして、ようやく目を開けると、小さく呼吸をした後に彼女は告げた。
「私が狼の獣人を見たのは、もうずっと昔……私が人間側の傭兵として、当時の魔王の軍勢と戦っていたころの話さ」
「傭兵……魔王?」
聞きなれない単語の連続に、俺は首を傾げた。
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