ガレの村

第33話:歓待

「お、おい! 本当に帰って来たぞ!!」

「オプールのやつ……まさか本当にやり遂げるなんて!!」


ガレの村に到着すると、村の獣人たちは拍手喝采で俺たちを出迎えた。出てきた者はわずか10数人ほどだけで、それも老齢の獣人が多い。連れていかれていた獣人たちと比べてみると、まさに今回の事態はこの村にとって滅亡の危機だったということがよく分かった。それが救われたからこその、この歓待ぶりなのだろう。


「お父さん、お母さん!」

「ああ、よかった……本当にっ」

「もう二度と会えないかと思ったんだぞ……!」


そんなやりとりが、そこかしこで行われていた。感動の場面だが、俺とリンは何となく居づらい。


みんながみんな誰かと喜びを共有している中で、どうしたらいいかわからない俺たちは、取り合えずお互いに視線のやり取りをして気まずさをごまかしてた。


村人たちが再会の喜びに抱き合う中、オプールはその中心で盛大に祭り上げられていた。


「オプール、お前を信じて良かった!」

「一人で行かせてしまったこと、ずっとみんな後悔していたのよ。でも、本当に凄いわ」

「オプール! 俺たちの英雄!」

「オプール!」「オプール!」「オプール!」


そうして始まるオプールコール。もう完全にお祭り騒ぎである。


オプールは熱狂に包まれ、顔を赤くして恥ずかしそうにしながらもその表情は誇らしげに笑っていた。まあ、今ぐらいはこの容赦ない称賛の嵐に埋もれても良いんじゃないかと思う。彼は頑張ったのだから。


町を脱出してから馬車を降り、森の中を徒歩で移動してからはなかなかの苦労だった。ひっきりなしにやってくる魔物との戦いに、人一倍戦場を駆け巡っていたのもオプールである。その持ち前のすばしっこさで敵をかく乱し、苦戦している者の援護に回り、怯える子供に声をかけて勇気づけた。


俺は基本魔物をぶち殺すこと以外に興味がないので、そういう全体に気を回すことができるのは才能だと感心したものだ。


何回か暴走して、敵の手にかかりかけたところを俺が間一髪助けることもあったが、その度に動きが洗練されていくのが分かった。失敗して成長するタイプなのだろう。


その顔つきを見ていても、出会った時と比べて明らかに自信がついてきているのが分かった。


そんな彼だからこそ、同じ村の仲間から喝さいを受けている光景を、俺は喜ばしく眺めていた。だが、周りを観察していると、何やら不審な目線を向けているものもいるのが分かった。


まずリン。さっきから横でずっとぶつくさブー垂れている。


「何よ、ルーだって頑張ったのに……ルーの方がずっとずーっと凄いのに……」


リンは、オプールとは初対面こそ普通だったが、ネイブルグでのやり取り以降彼と村の人たちに対して遺恨を残してしまっているように見える。この様子で、この村で心身を休めることができるのだろうか。心配である。


次に奴隷商のところから連れて来た子供たち。特に、俺のことを神様扱いしてきた狐の獣人兄妹である。とはいえ、妹のミュンという子の方は周囲の熱気と兄の様子を見比べてどうふるまったらいいか戸惑っているような様子なので、問題は兄の方だ。名俺やリンと大して変わらない年齢であろう彼は、とても冷めた目で村人たちの熱狂を眺めていた。


そういえば、彼の戦闘力には驚かされた。森の中で魔物が襲い掛かってくるたび、戦える者達は人間達から奪った剣を手に立ち向かったのだが、彼も戦いに参加してゴブリン一匹をあっさりと切り伏せていたのである。


迷いのない、剣士の太刀筋だった。目覚めたばかりの俺とかよりもよっぽど強かった。それどころか、オプールや村人全員含めても一番強いんじゃないだろうか。


ずっと見てたらこっちと目が合った。


あ、頭下げてきた。めっちゃ深々と……ああ、妹も真似しちゃってるよ。


未だに俺に向けてくる視線がちょっとおかしいんだよなあ。普通に接してもらいたいんだが。


そしてもう一人――これが結構意外というか、ある意味予想通りというか――遠巻きに輪に入れないでいるのは、オプールと同じネズミの獣人の女の子。つまりは、オプールの妹だ。名前は……ちらっと聞いた気がしたけど忘れた。


村人たちの中心になって称賛を浴びている兄のことを、俯きながら上目遣いで……睨んでいるのか見つめているのか、とにかく複雑な視線をで見ている。何かぶつけたい気持ちがあるのに、それを押し殺して我慢しているような、そんな印象を受ける光景だった。


何だか、オプールはこれから苦労しそうだな……。


妙に心配になってきたが、全ては彼の問題だ。俺にできることなんてない。だから今は、せめて奴の栄誉を祝ってやろう。


そう思い、再びオプールへと視線を戻した時、偶然人垣が割れてオプールと視線が合った。俺から向けられる視線を一体どう感じたのか、いきなりあたふたと慌て始めて村人たちへと声を上げ始めた。


「い、いけない……っ。みんな聞いてくれ、紹介したい子たちがいるんだ! みんなを救出することができたのは、全部その子たちのおかげで……ルー! リンちゃん! 来てくれ!」


オプールが声を張り上げ俺たちへと手を振ると、その場にいる全員の注目がこちらへと向けられた。集団から向けられる視線の圧に、思わず身がたじろぐ。リンが俺の手を、ギュウッと握った。


こいつ、やりやがった。


こちとら人生経験一週間もない若造中の若造だぞ。こんな集団内での立ち振る舞いなんか、全く心得てないんだよ。


それを、こんな衆目に晒されて一体どうしろって言うんだ。


固まって動かない俺とリンを不思議に思ったのか、オプールは首をかしげながらこちらへと近づいてきた。そして、つなげられている俺とリンの手の、そのさらに上から自分の手を重ねて一気に上へと持ち上げた。


リンが慌てて抗議の叫びをあげるも、それ以上の声でオプールは村人たちへと宣言した。


「ちょっと……っ」

「この子たちだよ! この二人は、町の前で勇気が出なくて途方に暮れていた僕に、協力の手を差し伸べてくれたんだ!」

「……最初は断るつもりだったんだがな」


随分美化されて語られているその武勇伝に、村人たちに聞こえない程度の声で補足を付け加えてやる。リンも、わざとらしくとがらせた唇でそれに続いた。


「……別に、私は捕まっただけだし」

「こ、こっちのリンちゃんはここに来る途中でも傷ついた仲間を不思議な回復術で治してくれた、とっても優しい治癒術師だよ!」


リンの訂正に、オプールは冷や汗を垂らしながら言葉を重ねた。何が何でも、彼女のことを素晴らしい人物としてプレゼンするつもりらしい。


ていうか、リンそんなことしてたのか。そういえば移動中も怪我人が全然いなかったな。村人たちのことはあまりよく思っていないだろうに、流石の優しさだ。


リンが口を挟まなくなると、今度オプールは俺の紹介をし始めた。


「こっちはルー、凄く強い獣人なんだ! この村を襲った鉄球の男も、彼女が一人で倒してくれたのさ!」


どうやら俺のことも、素晴らしい人物として村人たちに印象付けるつもりのようだ。だが、村人たちの反応を見るに、その試みはいささか成功しすぎてしまったらしい。


「え……あの男を一人で?」

「嘘だろ、あんな小さな女の子だぞ」

「いや、あの子はヤバいんだ。町でも兵士たちを……」

「えぇ……そんな恐ろしいことを……!?」


ザワザワとした騒めきは、「そんな馬鹿な」という疑いから「あいつはヤバい」という敬遠の様相に変わっていき、次第に完全な沈黙へと執着した。


おいおい、どうすんだよこの空気。オプール、言い出しっぺだろ何とかしろよ。


そんな意味合いを込めて、オプールの横顔を見やる。横目で「任しておけ」といった感じの、自信のあるような目線を向けてきたオプールはこう言い放った。


「じゃあルー、一言」


はあああぁ!? ふざけんなお前!!


こんな完全ドアウェイの空気の中で、一体何を言えっていうんだよ!? 


何だ、「我に従え」とでも言えばいいのか? 正しい意味で悲鳴が上がるわ!


それともあれか、「僕悪い獣人じゃないよ(プルプル)」とかか!? 兵士血祭りにした後で説得力無えよ!


俺は散々迷った。今すぐオプールの顔面を殴り飛ばしたいのを必死でこらえ、この場を乗り切り少しでも好印象を残すためにどうしたらいいのか、知力を尽くして考えた。


だが結論はなんてことはない。


普通に挨拶する。悪印象はこれからの行動で改善していく。ただそれだけだ。


俺は軽く手を上げると、できるだけ簡潔に述べた。


「そんなわけで、よりっ……ヨロシク」

「っぐ……!」


噛んだ。


おい、オプール。顔そらしてないで、何かフォローしろよ。


お前笑ってないか? 一体誰のせいだと思ってるんだ、ええ!?


もう我慢できない。村人たちは一体どうしたらいいのか、みんな魂が抜けたような表情でこっち見てるし。オプール一人ボコボコにしてももう同じことだろう。


「アハハハハハハァ!! うちの村の救い主様がどんなのかと思ったら……オプール、ずいぶん可愛い子たちを捕まえて来たじゃないか」


俺がこぶしを振り上げる寸前、村の奥から高笑いが響き渡り、視線は皆そちらへと向いた。おかげでオプールがぶっ飛んでいく様を見たものはいなかっただろう。


群衆をかき分けて出てきたのは、お付きを連れながら杖を突いて歩く、とても大柄な赤毛の長髪の女性だった。当然頭には獣人の証である小さな丸い耳が生えていたが、傷だらけで、片耳などは端が欠けてしまっていた。


よく見れば耳だけじゃない、確認できる限りの皮膚の表面は大小さまざまな傷が刻まれている。右目には一際大きな傷跡があり、その瞳は閉じられており隻眼であることが見て取れた。


「そ、村長。お体に障ります」


オプールの父親が一人歩み出て、その女性の体を気遣うようなそぶりを見せた。何となく感づいてはいたが、やはりこの女性が村長のようだ。体が悪いのだろうか


村長の女性は、気遣って差し伸べてきたオプールの父親の手を逆に握り返し、その手を懐へと潜り込ませて微笑んだ。


「いいんだよ、リーデル。よく戻った……本当に」

「はい……っ!」

「みんなも、おかえり!」


村長が村人たちに対し声をかけると、皆一斉に涙ぐみ村長へと頭を下げ始めた。またしても俺は置いてけぼりである。


そして忘れられるオプール。いい気味である。


村長の女性は、ゆっくりと俺とリンのところまで歩いてきた。そして、俺の顔をじっと見つめ始める。


何か気の利いた一言でも言えればいいんだろうが、あいにく俺にそんな教養はない。ただ見つめられるままに、息をのんでじっとするほかなかった。


見る限り、大分歳は言っていると思うが、高齢といった感じでもない。40から50の間ぐらいだろうか、サンプル数が少なすぎて何とも言えないが、オプール父よりは年上だと思う。


何よりも、その全身に刻まれた傷跡が、彼女の生きてきた期間を想像しづらくさせているのだ。


やがて、俺の全身をつぶさに観察したその女性は、ニヤリとした笑みを浮かべて行った。


「狼の獣人とは、珍しいねえ。あんた、未開の地から来たのかい?」

「……っ、詳しく話を聞かせてくれ!」


こいつは何か知っている。その予感が、考えるよりも先に俺に口を開かせていた。

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