第24話:追跡者との戦い④
「まさかよォ、自分をかばって倒れた仲間を見捨てるなんてェこたねェだろォ……オメェら獣人はなァ!?」
男は、手に持つオプールを強調するように高く掲げ、揺らし、脅し文句のようなものをのたまった。そのニヤケたような表情は、つい先ほどまでの余裕じみたものでは全くなくなり、どこか強がっているように見えた。自らを鼓舞し、今自分は有利な状況にいるのだとごまかしている……そんな感じだ。
奴は勘違いしている。獣人がみな、リンやオプールのように優しく、仲間のために自分を犠牲にできるような連中ばかりであると。
身にまとう霧が、一層濃く、暗くなった。目の前をちらついて、若干うっとおしい。
俺は……そんなお人よしではない。俺は俺のためにしか戦わないし、俺の目的とは強くなることだけだ。そもそも俺という人格を獣人にカテゴライズしてしまっていいのかどうかすら疑わしい。
「る、ルー……僕に、構わないで、きみはきみの、大事な人だけをっ……」
「るせえェんだよォ! オメェはだあァってろォッッ!!」
辛うじて意識を保っていたオプールが、俺の聴力をもってしてようやく聞こえるぐらいのか細い声で自己犠牲のセリフを放つ。
男は、自分にとって都合の悪いオプールの言葉を、乱暴にオプールの体を揺らすことでかき消した。
「うぐっ……う、うぅ……!」
「ハァッ……ハァッ……。ヘェッへェ、泣かせるぜ、ナァ? 動くなよォ、こいつの首がボキッと折れるとこを見たくなけりゃァ、そこ動くなよォ!!」
さて、どうしようか。
オプールを犠牲に奴を屠ることは簡単だ。しかし、こんな奴相手にオプールの命を捧げてしまうというのは、それはそれで相手の思惑にハマったようで気に食わない。
オプールは生かすし、奴は殺す。それが一番溜飲が下がりそうだ。そのための方法を、俺は奴の命令に従ったふりをして考えることにした。
「ハハァッ……! いいぜェ、そのまま、そのままだァ……」
男は、まるで盾のようにオプールを携えたまま俺の方へと近づいてきた。その瞳が油断なくギョロついており、俺に少しでも不穏な動きがあればその手を思いっきり握りこんでやると言わんばかりだ。
俺から数歩分離れた場所まで来ると男は止まり、地面に向かって手をかざし、何やらぶつくさとつぶやき始めた。
どうやら随分と前動作が必要な何かを発動する気のようだ。それはきっと、奴の鉄球の直撃を食らっても何ともないような相手でも通用すると思えるほどの、さぞ自信のある術なのだろう。
ならば、それをこのまま手をこまねいて食らってしまってはマズいかもしれない。男すっかり地面にかざしているその何かに集中しているようだったので、今なら行けるかと一瞬足に力を込めた。
「っ、オマエェッ! 動くなっつったろうがァ!?」
「ぐああッ、うッ……!」
だが男は瞬時に反応し、俺の目の前でオプールの首をミシミシと絞め始めた。その目が血走り、マジでそのままヤってしまいそうだ。
クソ、だめか。今のこいつの警戒心は尋常じゃないな。
俺は、男を刺激しないようその場でぴたりと動きを止めた。
「……」
「動くんじゃねェ……動くんじゃァ……もう少し、もう少しなんだァ!」
男は再び手のひらと地面に集中し始める。すると、辺りの地面に俺を中心とした模様のようなものが浮かび始めた。その模様の特徴が、なんとなくリンの首に浮かんでいた奴隷の呪印と似ているような気がする。
「動くなよォ……なァに痛みはねえさァ、オメェが暴れなきゃなァ」
なるほどな、つまりはそういう系統の術か。
また俺を奴隷の立場に陥れようってわけだ。
準備が整ったのか男は一際口角を上げると、かざしていた手のひらをバンッと地面に叩きつけた。
「これでオメェは終わりだァ!!」
「……っ!」
魔法陣がほの暗く光ったかと思うと、俺の影から突如無数の鎖が伸びて、次から次へと結びついては強固に絡み合った。ギチギチと音を立てているそれは、一度絡みついたら二度と解けることはなさそうな、強固な拘束を感じさせる。
「ハッハァッ!! コイツはイイモン捕まえれたぜェ、このまま影の中に引っ込んでオネンネしてなァッ!!」
影から伸びた無数の鎖は、そのままずるずると影に沈んでいき、拘束した対象を引きずり込もうとした。そのまま影の中に捉えられたら、一体どうなるのだろうか。
一生出てくることができなくなるのか、それとも捕らえた男の良いように扱われる奴隷となるのか。どちらにしろ、碌な待遇を受けないことは間違いないだろう。
もちろん俺は、そんな扱いはお断りだ。
鎖が拘束していた俺の体が……いや、正確には拘束していたように見えたものがフッと消える。
男の高笑いが止まった。
「……ハァッ?」
「ザン、ネンッ……ダァナ」
俺は、オプールを掴んでいた奴の左腕を切り飛ばした。
鮮血が宙を舞う。コイツのような男でも血は赤いようだ。
「ギイイィィアアアッッッ!!? お、オメエ、何で、何でだァ!?」
「……」
オプールを抱え、その首にまとわりついていた奴の腕を打ち捨てる。男の方はというと、未だに混乱して状況をつかめていないようだった。捨てられた左腕と、俺の姿と、腕の断面を何度も視線が往復し、脂汗をだらだらと流して狼狽えている。
奴が見たものは、俺の残像だ。
先の戦い中、「ハーミット」なる鳥の魔物から得たスキル「隠密」、そして「俊敏」とこの黒いエネルギーによるブーストがなせた業だった。気配を消し、瞬時に鎖から逃れたことにより、奴には鎖につかまった俺の幻影が見えていたのだろう。
だが奴の方はというと、一体何が起きたのか及びもつかないようだった。ただひたすら俺のことを、亡霊でも見ているかのような怯えた視線で見つめるだけ。
まあ、コイツは別に知らなくてもいいことだろう。教えてやろうとしても喉が痛くてしゃべれないし……何より、死にゆくものに真実など必要ない。
牙と爪に力を籠める。黒い霧が集中し、固まり、そこにはこれまでで一番の禍々しさを湛えた凶器ができ上がった。
さあ、お前のスキルを俺にくれ。
「ガアアアアアヴヴッッ!!」
「ヒイッ、ヒイィィィッッ!?」
飛び掛かった俺に恐怖した男は、もはや鉄球を投合することすらできず、男と俺の間を塞ぐように滑り込ませるだけだった。俺は目の前に押し付けられたうっとしいそれに、両手の鉤爪で切り掛かる。まるで柔らかいゼリーのように、あっさりと鉄球はスライスされ、役に立たない塊となって地面に落ちた。
ついでに男の右腕も落ちた。
「アア゛ッ!? アア゛ア゛アアアァァガア゛ア゛ッッ!!?」
「……チッ」
男はたまらず、また影の中に隠れてしまった。
コイツが厄介だ。何せ俺はまだ男の能力の限界を知らない。だから、影に身をひそめるこの術も、永遠にできるのかもしれないし、何なら影に潜んだまま逃げ出せる可能性まである。
だとしたら、それは非常に困る。俺は奴を殺したいのだ。殺して、奴の力を奪いたい。
どうしたものか考えていると、左右の木の影から鎖が伸びてきて、俺は両手を縛られ捉えられてしまった。今まで物よりも太く、結構頑丈そうだ。最後の力を振り絞ったのだろうか?
俺が鎖を引っ張ったり揺らしたりしてその強度を確かめていると、目の前の枝の影から男が上半身だけ現れた。同時に、俺の足元にまたさっきの模様が浮かび上がった。
「許せねェ……許せねェッッ!! 俺様はAランクだァ。加護レベル30越えだぞォッ……! それをこんなメスガキに……」
それが奴の最後の言葉だった。
「……っ!? ……!!?」
即座に鎖を引きちぎり、喉元へと飛び込んだ俺の牙により跳ね飛ばされた男の首が宙を舞った。奴は首だけになって空中を漂ってなお、自分の置かれた状況に理解が及んでいないような間抜けな表情を浮かべていた。
話は単純だ。奴の鎖など今の俺を拘束するには力不足だった、それだけのこと。
それでも男は……自分の能力に絶対の自信を持っている、常に獲物を追い詰める側だった狩人は……チャンスを見つければ必ずそこに食らいつくはず。そう考え、わざと俺は捕まったのだ。
とどのつまり、全ては奴を影から引きずり出すための囮作戦だったということである。
男の首が地面に落ち、ゴロゴロと転がって止まった。どんな強者であっても、終わりは方はゴブリンと同じ。あっけないものだ。
さて、まずは一人。そしてあとは、リンを連れて行った奴ら全員を追いかけてブチ殺せば目的は達成だ。
その前にまず、奴からどんなスキルが手に入るのかをぜひ確認したいが……。
……何だ?
何だか、クラクラする。
視界が、霞んで……。
ぼやける視界の中、先ほどからずっと俺の視界にまとわりついていた黒い霧が無くなっていくのが見えた。霧が無くなれば目の前は明るくなっていくはずなのに、なぜか霧が無くなるにつれ視界はますます暗くなっていく。
それが、俺の意識が暗転していっているからだと気づいた時には、すでに体から力が抜け、地面に倒れ伏していた後だった。
喉が……熱い。焼けるような痛みと、血が流れていくむず痒さが合わさって……酷く眠い。
もうちょっと、もうちょっと待てば、回復できるのに……。
あ、ほら、目の前に、画面が表示されて……。
俺はそれを最後に意識を手放した。
――人間を討伐-特殊スキル「威迫」を入手――
――影魔法:5を入手――
――頑丈:6を入手――
――射撃:4を入手――
――怪力:3を入手――
――隠密:3を入手――
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