第2話:人間キモい
な、なんだこいつ……一体何を言っているんだ?
「ほう、確かになかなかだな。黒い毛並みや、生意気そうな目つきが先ほどの物より私好みだ。買おう」
「おお! お買い上げどうもありがとうございます!」
あっという間に俺は買われてしまったらしい。
いやいやいや、おかしいだろ。俺は男だぞ……男、なのか?
なぜ記憶もないのに、さっきから俺は心の中で断言しているのだろうか。
ここには鏡が無い。だから、自分の姿を確認することもできない。
心の中で俺俺言っているものだから、常識に当てはめて自分は男だと思い込んでいたのだが、ひょっとしてそれは思い違いだったのかもしれない。
いや、いやいや待て。まだ望みを捨てるのは早い。
先ほど会話していた時の自分の声は、少年少女特有の中性的なもので、何なら少年のものと言っても差し支えないぐらい低めの声だった。
だから、実はこいつらが俺の性別を勘違いしている可能性はまだ残っているはずだ。
俺が男であることを証明すれば、目の前の性欲に満ちたいやらしい目つきをしたおっさんも、俺のことを諦めてくれるに違いない。
そのためにはどうするか。……やはりモノを見せつけるのが一番早いだろう。
立派にそびえたつ、男性たる象徴を見せつけさえすれば、おっさんだって諦めてくれるはずだ。
『あ、自分男でもぜんぜんいけるんで』といった感じの性癖の人だったら話は別だが。
「それでは、すぐに馬車の方にお運びしましょう」
「ああ。料金は、いつもの商会に振り込んでおけばいいな?」
そんなことを考えていたら、檻の外ではトントン拍子に話が進もうとしていた。やばい、もう時間がない。
とにかく、俺の股間にあるべきものが付いていれば突破口が開けるのだ。あまり気は進まないが……確かめる他ない。
俺は、恐る恐る目を向けることなく股の間をまさぐった。するとそこには……。
無い。
何も無かった。恐ろしくてそれ以上探ることはできなかったが、物体がそこに存在しないことだけは確かだった。
お、終わった――――!!
俺、女の子でした。しかも獣人らしいです。
鏡くれ。見てえ。
放心状態になっている間に、俺は檻ごと運び込まれていたらしい。気づいた時には、先ほどの部屋よりも薄暗く幌のついた荷台の中、もう一人の選ばれた子と共に馬車に揺らされていた。
「ぐすっ……ぐすっ……おかあさん、おとうさんっ」
檻が丁度向かい合わせになるように配置されていたため、目の前の少女の悲嘆に暮れる様子が丸見えだ。運ばれるのを見た時はちらりとしか確認できなかったが、年若い獣人の少女は足や腕の所々に傷があり、服装もボロ布に腰帯のみと粗末なものだった。
気になって、自分の体や服装に目をやってみる。やはり粗末な服装で、目の前の少女ほどではないにしろ体のそこかしこに傷があった。やはり俺も、間違いなく奴隷として今日までを過ごしてきたということだろう。
だとしても、なぜ記憶が無いのか。そして、なぜ性別の認識に齟齬が発生しているのか。その二つが分からなかった。
俺は、手掛かりを求めて目の前の少女に話しかける。
「なあ……おい、なあ、あんた」
「うっく……ぐすっ……?」
少女がこちらを向いた。見張りがいたら厄介なのでかなり小声で話しかけたのだが、流石犬耳、小さな声でも聞こえるようだ。
これなら、バレずに会話をすることができるだろう。
「あんた、俺が誰だか知ってるか?」
「え? ……し、知らないっ」
少女は、未だ瞳に涙をたくわえつつもはっきりとそう答えた。様子を見ても、嘘をついているとは到底思えない。
くそ、知り合いとかだったら話は早かったんだが。そう都合よくはいかないか。
だが、まともに会話ができる相手というだけで今の俺にはありがたい。何とかこの子から少しでも情報を得たいところだ。
「じゃあ、ここはどこなんだ? 俺たちはこれからどうなる?」
「し、知らないっ! これからどうなるかなん、て……うわあああん!!」
俺の聞き方が悪かったのか、少女は耐え切れず大泣きし始めてしまった。
「ちょっ、泣くなって。声でか……」
「おい、うるさいぞ騒ぐな!」
するとやはり危惧していたように、幌の外に控えていたのであろう鎧姿の男が、険しい顔をして入ってきた。泣き叫んでいる少女の檻の方に近づいたかと思うと、イライラをそのままぶつけるように檻を何度も激しく蹴り上げる。
「今は! 魔物の森を! 移動中なんだよ!」
「ひいい、いや、いやあ! ごめんなさいいぃ」
何度も、何度も蹴りつける。そのたびガシャンガシャンという音と、少女の悲鳴が響き渡った。
おいおい、やりすぎじゃないか?
「お前の声でっ! 魔物が来たらどうすんだよっ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいっ!!」
いや、明らかにお前が来たせいでさっきよりうるさくなってるから。少女の悲鳴もそうだが、檻を蹴る音がマジで耳に響く。
俺はもう既に、耳を塞いだまま、事態が治まるまで静観の姿勢を決め込んでいた。俺が口を挟んで状況が悪化しても嫌だし。
というか今分かったことだが、この体についている耳は相当性能が良いようだ。ちょっとした音でもどこから鳴っているのかがすぐに分かるし、逆に大きな音はつんざくように耐えがたく聞こえる。
側頭部辺りに生えている二つの耳を手で塞いでいると、手のひらにふさふさとした感触が伝わってくる。柔らかく、つい撫でつけたくなるような手触りは明らかに髪の毛とは異なっていて、自分が獣人であることをますます自覚させられた。
やがて飽きたのか、疲れたのか、満足したのか、鎧姿の男は檻を蹴る足を止めた。少女の方はというと、こちらも泣き疲れたのか「うっく、ぐすっ」とすすり泣く声を上げ、ぷるぷると震えながら蹲ってしまっている。
男はこちらに顔を向けると、今度は顔をニヤつかせて俺の方へと近づいてきた。ハアハアと肩で息をしながら目が血走っているひげ面のおっさんが、檻越しとはいえこちらに顔を覗かせているさまはかなりおぞましい。思わず狭い檻の中で一歩身を引いてしまった。
そんな俺の姿を見て、男はより一層愉快そうな笑みを浮かべた。
「はあはあっ……はははは、怖いか、人間が」
いや、怖いというかひたすらに気持ち悪いだけなんだが。
何やら勘違いしている男へ、冷めた目線を向ける。静かになったのだから、さっさとどっかへ行ってほしいという気持ちを込めて。
「お前は、本当に上玉だなあ。お頭が羨ましいぜ……まあ、お頭が飽きたころには俺たちの方へ回ってくるんだ。それまでに、お前のその生意気な目つきがどれだけ絶望に染まっているかを楽しみに待っとくぜ」
「いひひひひ!」と、何かしらよろしくないことを想像してか、いやらしい笑い声を男は上げ続けた。
うわあ……うぜえ。俺のことを完全に自分の快楽のための道具としか見てないな。
まだ数人にしか会っていないが、もうこの時点で人間という種族を嫌いになりそうだ。
これまでの流れから察するに、人間とは獣人を拘束して奴隷にし、自分たちの好き勝手に利用する者たちということなのだろう。だとしたら、獣人である俺の敵だということになる。
俺が獣人として生きていくのならば、まずはこの人間たちをぶっ飛ばせるぐらいの力を得る必要がありそうだ。
俺の人生目標に、「人間より強くなる」というものが追加された。さて、とにもかくにも、ここから脱出しなくてはならない。
目の前の男は、未だにやけ面のまま笑い続けている。……マジで腹が立ってきた、なんで俺がこんな奴に利用されなくちゃいけないんだ。断固許すまじ。
心の中で負の感情が高まっていく。
目の前の男をぶっ飛ばしたい。
その余裕に満ちた笑みを、絶望に変えてやりたい。
ここから抜け出して、ここまで俺を見下してきた連中全て滅ぼしてやりたい。
すると、俺の体の底から何やら凄まじいエネルギーが溢れてくるのを感じた。荒々しく渦巻いて、激しく暴れ、暗く、黒い。そんなイメージだ。
その力に身を任せてしまえば、こんな檻ぐらいあっさりと吹き飛ばしてしまえそうな気さえしてくる。
ようし。ためらう必要などない、やっちまおう。
そう決心し、内から溢れるエネルギーの奔流を解放しようとした、まさにその時だった。
幌の外からもう一人、鎧姿の男が入ってきて叫んだ。
「た、隊長! 魔物の群れです。囲まれています!」
「なにい!?」
フラグ回収早くない?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます