第四章 再会、そして

一節 待ち人と天使

「お兄ちゃん」

「誰か来た」


 セレとイムに声を掛けられなければ、危うく本を読みふけそうになるところだった。

 ようやく待ち人が来た。出会いから一年、家を借りてから六ヶ月、大きなトラブルもなく、病気をすることもなく、不安を抱えながら、ようやくこの時が来た。

 セレと同じ蒼い髪の優男の印象が強いセルシウスと、イムと同じ紅の髪と武闘派の印象があるイフリート、彼らを待っていた。


「ルシフェル様と、ラジエラ様ですね」

「ええ、そうです。どうぞ、お座りください」


 セレはルシフェルの膝の上で「誰?」と首を傾げ、イムはルシフェルの後ろに隠れてしまっている。イムは駆け寄ってきてすぐに彼の背中に隠れてしまったが、セレは彼が本を置くとこれ見よがしに膝の上に座ったのだ。


「セレちゃんのお父さん、セルシウス様と、イムのお父さん、イフリート様だよ」

「「そうなの?!」」


セレはルシフェルを見上げ、イムは背中から出てきた。


「そうだよ、ほら、抱き着いておいで」

「「うん」」


 元気に頷くと、二人はそれぞれの父親に抱き着いた。そして、同時に泣き出した。子供の直感と魔力の同質性を直に感じて、実父だと認識したのだ。


「よかったのかな?」


 ラジエラは慈愛のこもった声でそう言った。母親代わりのことをしている内に、自分の娘のように思えていたからだ。お姉ちゃんと呼ばれていても、その幼さで妹と言うよりも娘と感じてしまったわけだ。


「これで一安心だな。最善の結果だろう」


 ルシフェルは二人の様子でそう判断しほっとした。


「ガブリエラ様、お疲れ様です」

「疲れてないけどねー」


 ラジエラの横に座りながらそう言った。セルシウスとイフリートを連れてきたのは彼女だ。


「セルシウスもイフリートもよかったね。ちゃんと認識してもらえて」

「「ええ」」


 彼女もルシフェルと同じ判断のようだ


「ガブリエラも一緒に昼食取る?」

「いいの!」

「いいよ、二人と一緒に作ってたら、作りすぎちゃって」


 空間魔法を起動して出てきた籠は二つだ。子供が二人いると言っても、六人分にしては大きい。空間魔法を終わらせて申し訳なそうにしているラジエラを見たカブリエラは少し引いていた。

 二人が泣き止むと少し早いが昼食を取る。

 ひとしきり泣いた二人は、それぞれの父親の膝の上でこれまでのことを話しながら昼食を取っている。そこに遠慮はなく、屈託のない笑顔だ。今日だけは「口にものを入れたまま喋らない」とは言わないでおく。


「そしたらね、お兄ちゃんがね」

「お姉ちゃんがおしえてくれて」


 本当にうれしいのだろう。二人のおしゃべりは終わらない。

 いいところで紅茶を出して落ち着かせると、二人とも眠くなってしまい、とうとう、それぞれの父親の腕の中で眠ってしまった。

 天園に舞う蝶が、二人の前を通り過ぎた時、セルシウスが口を開いた。


「ルシフェル様、この度は、誠にありがとうございました」

「ありがとうございました。話を聞いた時は気が気でなりませんでした」


 セルシウスにつられ、イフリートも口を開いた。

 保護したことを聞いた時、二人とも本当に安心したのだという。安心して気が抜けてしまったことで、力が抜けてしまいあわや大惨事になってしまうほどだったという。


「余計なことして大惨事になるよりもやばかったねぇ」


 とガブリエラは言う。彼女の言葉に二人は苦笑するしかない。結局、それが親という事なのだ。


「それで、ルシフェル様、今後の話をしたいのですかよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 セルシウスが話したことは、ミカエラと話したことと大差はなく、イフリートも同じようにしてほしいとのことだった。

 整理すると、セレとイムが十五になるまでは預かってほしく、地上のことを勉強させてほしい。預かっている間は、今の災害が終わるまではできる時に会う。終わったら、隔月に一度会う。教育方針については完全にお任せ。国に利用されることはないように。眷属を一匹ずつ付ける。


「お願いできますか?」

「もちろんです」


 眷属については直ぐには無理なので、ルシフェル側の受け入れ準備が終わってからと、いくつかの微調整をした。


「それで、セルシウス様、お聞きしたいことがあります」


 ルシフェルはそう言って右手にしていた指ぬきの手袋を外し、手の甲を見せた。


「これは・・・」

「うん?はぁ?」


 セルシウスが驚いたのを見て、イフリートが覗き込み、驚愕した。

 そこにあったのは、精霊との契約紋、よりにもよってセルシウスとの契約紋だったのだ。天使側に利点がないので天使と契約を結ぶのはまずあり得ない。だから驚いたのだ。

 ルシフェルは元いた世界で、元いた世界のセルシウスと契約をさせられた。それ自体に強制力はなく、セルシウスが彼を通して国を見る為の物だ。

 元の世界では、精霊同士による精霊戦争で、生存圏争いが激化して生物がありえないほどに力を付けた。人族は群れと文化を盾にしたために、人族と生物に力の乖離が起きてしまった。種族を守る為に国の後ろ盾になったのが、精霊戦争に参加しなかった精霊だ。

 そう言った事情もあって、元の世界の国の基本単位は都市だった。巨大で長い城壁で囲う事で生き残ったことも大きい。

 それで直面したのが食糧問題で、酪農の高度化が早まり、さらに生物から身を守る為に化学が急速に発展、魔科学という、魔法と科学を融合した分野も生まれた。天族との技術差があまりない理由でもある。

 それでも不十分だった時代に、やがて人族にも力の強いものが生まれるようになり、ルシフェルのように隠れ住んでいた堕天族が、種族を隠したまま表に出てきたのだった。

 そう言う、力の強いものを、ゲストと呼んだ。それを認定するのが精霊、国の後ろ盾になっている大精霊の仕事となっていた。認定の際に契約を行い、召喚された体をとって、国の現状を把握するようになっていた。

 彼は元から手袋に封印魔法を施して、契約紋が不要な活性化をしないようにしていた。

 そんなことをすると、指ぬきでも指はまともに動かせないが、左利きなので今まで問題にしてなかった。

 もしもはある。活性化してどっちのセルシウスに迷惑がかかるのか分かったものではない。状況も悪いので、解決できなくても事情も合わせて話しておく必要はあった。


「消せますか?」

「解析させてください」


 自分が施したものではないので、それは当然だ。

 見た目から類似性があるのは分かっていた。なんせ、全く同じだから。が、契約紋は呪いと同じで、見えているものだけとは限らない。だから解析が必要でもある。

 セレをラジエラに預け、セルシウスは両手を問題の契約紋に当てた。

 セルシウスの表情が難しいものから安堵に変わった時、ルシフェルもつられるように表情が柔らかくなった。


「大丈夫です。消せます。せっかくだ、イフリートも見ておけ、同じことが起きる可能性はかなり低いが、絶対とは言えん」

「おう、そうさせてもらうわ」


 イフリートは空いている右手を当てて解析を開始した。


「なるほどな」


 そして早かった。興味はなさそうだが、どこか納得しているようだ。

 そして、セルシウスは慎重に契約解除を施す。彼が氷の大精霊だからなのか、手が冷えるのは不思議な感覚だった。

 これで良し、と、彼は溜息をついた。

 彼曰く、活性化すると自身が召喚されていたという。元の世界に迷惑は掛からないが、状況が状況なだけに、大惨事を招きかねないものだった。


「ユニゲイズ様も、これも一緒に解除してくださればよかったのに」


 彼はそこまで干渉する気はなかったようだ。というか、活性化するとこちらの世界のセルシウスが召喚されるのを知っていてやらなかったのかもしれない。


「あの方の判断基準はわからん」


 大精霊にとっても、ユニゲイズと言うのはよく分からない存在らしい。


「それで、お二人はいつ戻られるのですか?」

「明日の朝までは時間を頂きました」

「二人の代わりに、ラファエルとウリエラが頑張ってるよ。子供為だから仕方ないって、寧ろ張り切ってた。そんな二人からの伝言、セレちゃんとイムちゃんに合わせろ、だって」


 ラファエルとウリエラはセレとイムを猫可愛がりしていた天使の筆頭だ。ラファエルは仕事の癒しとして、ウリエラは単純な子供好き。


「それが条件で変わってもらっていますからね。手隙の時に変わるから会いに行けとも」


 子煩悩なのがよく分かる一言である。


「では、明日、セルシウス様とイフリート様と入れ替わりですね」

「だねー。でも、いいの?地上で家借りてるんでしょ?」

「時間かかるかもしれない、と巫に伝えているので大丈夫でしょう」


 そだねー、とガブリエラは考えることを放棄した。


「家族水入らずの為に、部屋を用意してるよ、帰ろう」


 天の神殿に着くと、セレとイムの手が離れたが、今度はルムエルとルマエラが二人のところに来た。

 まぁ、今度遊ぼうと約束していたのでしょうがない。

 遊ぶというより魔法の訓練なのだが、遊びを交えて行うものだ。

 まずは、以前にしてきた阻害魔法、これは周囲の魔素を疑似励起させて制御権を維持する訓練だ。できれば一番簡単で強力だが、疑似励起状態にすること自体がとんでもなく難しい。しかし、それができているので、このまま伸ばした方が楽だ。

 ここに、ルシフェルとラジエラが危険性のない魔法を使って、二人とも使えなければルムエルとルマエラの勝ち、一方でも使えたら負けの勝負にする。

 重要なのはルシフェルとラジエラが一喜一憂してし過ぎない事、でないと遊びにならない。

 が、ルシフェルは勝たせるつもりはない。強力でも、阻害魔法はすべて理論が分かっていれば簡単に打ち破れるのだ。

 なので、一つの阻害魔法に頼らないことを気づかせる訓練でもある。

 遊びとして見るとルシフェルはかなり意地悪だが、訓練として見ると妥当である。

 天族は他の種族よりも膨大な魔力量を持っている。なので、割と魔法は使いたい放題なのだ。それを生かさないと足元を掬われかねない。


「あ、ごめんなさい!」

「大丈夫、伏せて」


 ルマエラが制御を間違えて励起させてしまうが、ルシフェルは難なく制御を奪って強制終了させた。


「もう大丈夫だよ」


 そう言うと、念のための言葉に従ったルマエラが起き上がった。


「ご、ごめんなさい」


 泣き始めてしまったルマエラにルシフェル近づいて、目線を合わせると優しく抱きしめた。


「怒ってないよ、大丈夫」

「ほんと?」

「うん、これは俺が悪かったね」


 ルシフェルはルマエラを開放した。


「どうして?」

「君たちがどこまでできて、どこまでできてないのかをちゃんと把握しなかったの。もっとやらなきゃいけなかったことをしなかったの。ごめんね?怖い思いさせちゃって」

「ううん」


 ルマエラは首を横に振った。


「優しい子」


 そう言って再度、優しく抱きしめた。

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