三節 順風満帆
セレとイム、ラジエラを伴って地上に戻ったルシフェルは、宿を引き払って聖国プリミティブへと聖女と共に馬車とグリフォンで移動していた。
ラジエラが眷属にしてしまったグリフォンが、ほぼ放置状態だった為に暴れそうな勢いだった。それを抑える為にラジエラがグリフォンに騎乗してついて来ている。レイモンもグリフォンに騎乗している。
グリフォンたちは空を飛んでいるという訳でもなく、馬車と足並みをそろえ、護衛するかのようについて来ている。
空を飛んでいるわけではないので、行程は七日に及ぶ。
馬車の中では、窓の外を覗く二人が少し興奮気味になっている。とは言ってもすぐに体力切れになりルシフェルに抱かれて眠っているだが。
「お二人をしばらくお預かりすることになったのですね」
「ええ。ミカエラ様に聞いたところ、精霊の里は廃村になっていますし、生き残りもいないそうです。天の環境に慣れさせる訳にも行きませんからね」
天使はいずれ、少数を残していなくなる。二人が独り立ちするころよりもずっと先の話だが、それが早まったとしても、二人が生きていくのは天の環境ではない。であるならば、まず知るべきは惑星の環境なのだ。さらに天の環境は変に厳しく変に甘く、そして先進的だ。二人が自然な進歩を阻害する因子にならない為にも、天の環境に慣れさせるわけにはいかない。
整備されていると言っても石畳で、車軸に緩衝機構があってもガタゴトと揺れる。かなり不快に感じるが、我慢するしかない。二人が落ちないようにしっかり抱きなおす。
「そうだったのですね。どうされるのかはお考えですか?」
「できればしばらく、人慣れするまでは神殿で過ごさせたいのですが、どうですか?」
「神殿は諸手を上げて歓迎するはずですね。しかし、人慣れですか・・・」
そりゃそうだろう、確たる実績ができるのだ。天使と協力して精霊の子を保護していたという。
「ここ数日様子を見ていますが、やはり、人を怖がっています。特に男性は駄目なようで、下ろしていれば抱っこをせがみ、抱っこ中は顔を服にうずめて震えてますからね」
トラウマになっていたとしても、慣らしていけば初対面は人見知りで済む程度にはなる。そこから先は、どうしてあげることもできない。
「こればっかりは仕方ないですね。人慣れして来たらどうされるつもりですか?」
「人慣れする前、ある程度手を離せるようになったら稼ぎ口を見つけて、二人の様子を見て一軒家で暮らすつもりです。いつまでも神殿で厄介になるつもりはないですから」
神殿の好意に甘えれば楽なのだが、何もしていない時間の手持無沙汰が苦痛になるのは目に見えている。
時代が進めば娯楽があふれるのは彼がいた世界も例外ではない。しかし、時代を戻っている今、娯楽は無いに等しい。
お金がなければ生きていけないのはどの時代でも同じだ。だったら苦痛を感じるよりは働いた方がいい。それに、神殿に甘えるのは二人の教育にもよくはない。
「神殿も聖国も別にいいのですが、そうですよね・・・そうですねぇ、人慣れするまでは神殿騎士たちを鍛えていただけませんか?神殿騎士たちなら文句どころか、寧ろ色々と教えてほしいでしょうから。特別顧問として、私たち聖女や聖母の近衛護衛とすれば給金を支払っても、誰も文句は言えません。対外を見ても安全にそれなりの金額をお渡しできますね」
「国の力関係を崩さない程度までになりますが、よろしいのですか?」
「それは当然でしょうね。聖国は各国の傭兵でもあるから持っている面があります。それ故に、周辺国に同盟を組まれていますから、力を持ちすぎるように見られると、多方面からの一斉攻撃を受けかねませんからね」
聖国は内陸国で周囲五ヵ国に囲まれている。宗教戦争という経験もなく、他宗教を否定するような教義はない。寧ろ否定してはいけないとなっている。そんな宗教を中心に栄えた国になってしまった以上、政治がらみは面倒なことになっているのだ。
「そうなると私の偽経歴を用意する必要がありそうですが」
天使として降臨してもいいのだが、それだと二人を教育できなくなってしまう。子供のころの経験はその子の常識を形作るので下手な環境には置けないのだ。目的があるから神殿に止まるのであって長居はできない。
天使であることを隠すのなら、どうやっても経歴が必要になってしまう。戦力が増強される上に、国ではなく宗教のトップ層の護衛となれば、当然口出しをしてくるのだ。
「その点は、天啓、天使の紹介によって世話を頼まれた人とするとよいですね。天使が連れてきたものとなれば、各国は下手につつけなくなります。天使の絶対性は、やはり大きいですから」
「なるほど」
この点は、遠い親戚より近くの他人と同じで、天使はある程度姿を見せて介入しているからこそだ。
「神殿を出られてからなのですが、傭兵はいかがでしょうか?護衛や騎士の顧問という実績と神殿と聖国からの口利きで、高格の状態で始められますから稼ぎもよいと思われますよ」
「仕事内容は?」
「主に獣魔の討伐や、栽培方法の確立されていない、あるいは生産量の少ない植物の採取、物流問屋の護衛が主になります。基本は便利屋ですから町の掃除などもありますね。戦争に呼ばれたりもしますが、よっぽどでないと拘束力がありませんからそっぽを向かれても大丈夫です。神殿付きとして頂ければ私たちからの仕事の斡旋もできますし、戦争に呼び立てることがないようにできますね」
いくら下地が同じ世界だと言っても、同じような発展はしない。現に、世界史を見れば全く違う。
彼の世界では精霊戦争という数十年に及ぶ精霊同士の争いが合って、その影響を受けて獣魔が恐ろしい程に力を付けた。さらには天使との混血が迫害されることとなる、堕天戦争も起こっている。そう言った反省点を踏まえているのなら、余計に同じ発展はしない。
なので、呼び名が同じでも仕事内容が同じなわけがないのだ。だから聞いたわけだ。
「始め方等も教えていただけますか?」
「もちろんです。一般的には傭兵組合に登録することで、活動を開始します。組合は一般と傭兵を繋ぐ窓口ですから、仕事を得やすくもなります。組合は傭兵としての力を査定して格付を行っています。下から木、鉛、鉄、銅、銀、金、白金となっています。動き易さや稼ぎを考えると銀級でしょうね。聖国も神殿もそこまでなら口利きできます。様々な問題を考えるのなら神殿付きとして頂けると、動きやすいでしょうね」
獣魔には強さによって格付が、植物は付近の獣魔や採取時の注意事項によって格付がされている。さらに傭兵を格付することによって、依頼の達成率を上げ、傭兵の怪我や死亡率を下げるようにできている。
傭兵稼業はすべてが自己責任に間違いがないので、依頼側の都合に寄ることが大きい。
国や貴族、教会が直接依頼をする、バックを持った傭兵もおり、彼らを何々付き傭兵、名何々付き傭兵団と呼ぶ。個人の実力や縁によるところで、間違っても雇われではない。バックがいない傭兵を組合付きと呼ぶ場合もある。
「神殿付きの傭兵はいるのですか?」
この質問の意図は、いる、いないではなく、コンタクトを取れるかどうかを聞いている。
「おります。主に聖女の勉強の為に旅団と通常の傭兵団が一組ずついます。旅団は、一ヶ所に止まらずに国をまたいで活動する傭兵団です。旅団の方が今の時期はいません。なので、通常の傭兵団の『
「そうしましょう。ラジエラの登録は可能ですか?」
「問題ありませんよ。女性の傭兵も少ないですがいますからね。もしかして、二人の為に旅団を作るおつもりですか?」
ルシフェルはこの意図を読めるのかと、思わず感嘆してしまった。
「ええ、色んな所を見せて一緒に勉強しようと思っています。私もラジエラも、こちらの世界は疎いものですからね」
「それでしたら、私も入れていただけませんか?」
「構いませんが、どうされました?」
逆に、情報を持っていない彼では彼女の意図は分からない。笑顔が消えて申し訳なさそうにしているのが滑稽に見える。
「実は、私もそろそろ傭兵団に入って勉強しなければいけない時期なのです。それも、旅団の方に入ってです。どうも私は、旅団の、『風来の
寿退団とは、要するに結婚を機に抜けたという事だ。そのまま傭兵稼業まで辞める者もいれば、傭兵団から抜けただけの者もいる。
「ならば、私が許可していると伝えてくださって構いませんよ。ただ、問題が起これば利用しますがよろしいですね?」
「構いません。神殿付きの傭兵団に聖女がいることがあるのはどこでも有名ですし、臨時外交官として交渉を行ったりすることは、半ば常識のようになっています。臨時外交官になった時に動き辛くなってしまいますが、それ以外は聖女の名前で問題回避を頻繁にやっていますから。だから常識化してしまったと聞いています」
「でしょうね」
聖女と言うのは聖国にとっても、アージェ教にとっても重要な位置にある。ある意味では彼女自身が信仰、崇拝される場合もあり、聖女と言う言葉は絶大な効力を持っている。
「神殿も、天使様のところにいさせた方が安全と考えるでしょう。過去に聖女を手籠めにして神殿が潰した神殿付き傭兵団もありますからね。天使が相手なら寧ろ手籠めにしてくれと頼むかもしれませんね」
笑顔を崩してはいないが少し頬を赤くしている。で、彼女が不安を感じる最大の理由は、この過去の出来事だろう。
「勘弁してほしいですね」
対するルシフェルは苦笑するしかない。有難迷惑にもほどがある。天族の慣習が分かってないのに、それを言われると迷惑がだいぶ先行する。所帯を持つ気がないのも原因だ。
絵にかいたような金髪碧眼の美少女だから余計に質が悪い。
「私はいいですよ。天使様だから、と言うのがないと言えば嘘ですが、二人の様子やラジエラ様の話を聞いていると、今ある縁談を蹴りたいと思うほどですから」
基本お見合いで、政略結婚も有りうる彼女とて、恋愛に興味があり、さらにはこうして間近に男性がいることも少ない。婚約が破棄されることもよほどのことでないとありえないので、できれば知っている人がいいと思うのも仕方がないのだ。
「正直で何よりです。問題は天族としてどうなのか、がありますから、それをものともしないぐらいに私を振り向かせて見せてくださいね」
「それは脈ありととらえてよいのですね?」
「そう簡単には振り向きませんよ?二人もいますからね」
と、挑発するように言っているが、一考する気もない。
「これはかなり頑張らないといけませんね」
と意気込んでいるが、こんな話をする時点で彼の場合は脈がない。
「そう言えば、エイナウディ共和国からの要請はどうしますか?」
「天族に利点がなく利用されるだけなので受けません。書面で十分ですし、謝罪されても今後の話をされても、私からするとだからどうしたとしか思えませんから」
「私もそう思います。外交はそう言うのばかりですから・・・」
イネスは溜息ながらに遠い目をした。
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