第4話師匠の名前

 キョーコさんが震えている、オッサンは驚いている。

「アタシの師匠の名前はヤガミタケシ」

「そんな! あの時神様にも何処へ魂が行ったか分からないって……」

「でもアタシに語りかけてきたんだよ。師匠は、アタシが進む道を迷っている時にね」

「それからは弓道、薙刀部を掛け持ちしながら霊力の修行を行ったよ。師匠も一緒だった、毎日見守ってくれていたよ」

「でも三角槍が出来た日、『悪い俺はここまでだ。本当の事を言うと女の子の茉希ちゃんにはこんな事、頼むのは申し訳ないけど後は任せた』って言って姿が見えなくなったよ……」

「他には何か言って無かった?」

「何かやることがあるって言ってた様な? まっそんなとこだね」

キョーコさんが真三角剣をじっと見ている

「お願い私に一振り頂戴」

「もらってどうするの?」

「分からないでも、持って行けって! そう感じるの……」

「ふぅん? じゃあ手にして見て。持ち主は三角剣が決めるわ」

キョーコさんが剣を手にする。剣とキョーコさんの霊気が同調して行く。良いんだね師匠?

 霊気が完全に同調した、キョーコさんは笑みを浮かべている。

「良かったじゃん、剣に認めて貰うって難しいんだよ?」

「そうなの? 持った瞬間、彼の気持ちと記憶が流れ込んできたわ、とっても懐かしい感じがした」

「持って行きなよキョーコさん! 師匠からの餞別だよきっと!」

「マキは?」

「もう一本あるし? 何よりも一緒に作った槍があるよ」

「ありがとうマキ」

真三角剣を胸に抱いてキョーコさんは涙を流し大きな声で泣き出した。その時、師匠の姿が一瞬見えた。


 どれ程キョーコさんは泣いて居ただろうか。声を掛ける

「アタシの部屋の床をびしゃびしゃにしないでよ」

「ごめんなさい」

そう言って涙を拭う

「そんじゃ着替えるからオッサン出てけ!」

オッサンを追い出す、流石にこれ以上泣く姿を見せたくなかった。

 服を脱いで居るとキョーコさんが話しかけて来た。

「その傷跡はどうしたの?」

アタシの腹を指差す、そこには傷跡があった。

「五年前の時にね、お腹斬られちゃってさ。覚えてない? 師匠がアタシの呪いを、腹を裂いて助けてくれた事……その時の呪いの残滓みたいな物だよ」

「でも良いんだこれで……」

傷跡を擦る、あの時呪いの残滓ともう一つの力を受け継いでいたから……

「師匠……」

呟いた

「マキは八神さんの事を?」

「さあどうだろうね? 今も恨んでるけど、その意味合いが違う。復讐とかじゃなくて、でも心の底から愛してもいる」

「助けられたから?」

「師匠はあの時のアタシに言った『誰かを憎んで行く事で生きていける人もいる』ってね」

「だから生き抜く為に師匠を恨むって感じかな?」

「何それ」

キョーコさんが吹き出す

「ようするに好きって事ね」

「違うよ、愛しているんだ……変だよな? 会ってもいない。ただほんの少し心が通っただけで惚れちまうなんてさ」

「マキはきっと特別なのよ……」

「キョーコさんまさか……」

「ここまでにしましょう。さっ着替えてお昼食べないとね」

笑顔で行ってきた

「ごめんアタシが油断しすぎ! 今着替えるよ」

いつものジーンズに適当なTシャツと薄汚れた男物のミリタリージャケットを着て槍を手に持つ

「早すぎよ!そんなので良いの!?」

「遅いより良いでしょ!」

二人で外に出る。

「どこの店集合?」

「そうね、つるみ食堂で良い?」

「すぐ追いつくから!」

オッサンの車にキョーコさんが乗り込んで行った、その後ろをバイクで追いかけた。


 食堂で三人とも日替わり定食を頼んだ。アタシはキョーコさんをじっと見つめる。アタシの直感が訴えている。

「突然で悪いけどさ、キョーコさんヤッパ少しの間アタシと暮らさない?」

「突然何を言い出すのよ?」

「何かさキョーコさんから、力を感じるんだよね。もしかしたら今よりも幽鬼とやりあえるかもよ?」

「おっ俺には無いのかよ?」

「オッサンはもう伸びしろが無い、筋トレと瞑想を欠かさない事!」

「どうかな?」

キョーコさんの方を向く、少し考えた後

「やるわ、足手まといにはなりたく無いから!」

「よっし決まりね!」

料理が運ばれて来る

「さっさと食べて、キョーコさんの家行って荷物纏めて来よう!」

「夜警の時間まで修行ね!」

「できるだけお手や……」

「甘ったれない! ビシビシ行くよ!」

そう言って、食べ始める。

「夜警は何時から始める?」

「被害が一番多い時間とかないの?」

「ちょっと待て」

オッサンが手帳を見て教えてくれた

「大体夜の十時過ぎぐらいだな、現場は……結構範囲が広い。こればっかりは幽鬼次第って所だな」

「オッサンも力があるなら、直感でも何でいいからさ。今日はそれで周って見ない?」

食後のコーヒーを飲みながら提案する。

「おいおい! 俺にそんな器用な真似出来るかよ?」

「大丈夫だから、刑事だって感が大事でしょ?」

「テレビの見過ぎだ!」

「でもさ、アタシらが初めて出会った現場。憶えてるよね? 何でそこに行ったの?」

「そりゃあ悲鳴が聞こえたから……」

「きっとオッサンは。無意識の内に、幽鬼の気配を感じ取って向かってたんだと思うよ?」

「そうかなぁ? 確かに向かっていた方から悲鳴が聞こえたけどよ、実感がわかねぇ」

「アタシらも、居るんだ! 頑張ろうぜ!」

「そう言えば何でマキはあの時、場所が分かったんだよ?」

「あそこまで幽鬼の気配が強ければ、気付くよ」

食事も終えて、キョーコさんの家へと向かい荷物を取ってくる。

「話の分かる旦那さんで良いねぇ?」

「五年前の事もあるから……」

「まっいいさ、時間が勿体ない。早くアタシの部屋に行こう」

アパートに戻り、オッサンには九時に迎えに来て貰うことにした。


 アタシのアパートには部屋が2つある、一つは道具置き場と寝るだけの部屋。もう一つはトレーニングの部屋として使っている。

キョーコさんを案内する。

「さっきマキが言ってたけど、幽鬼の気配がって」

「あんましキョーコさんには言いたくない」

「教えて」

毅然としている、しょうがないか……

「じゃあ言うけど、人間だって性的興奮するじゃん? 幽鬼もそれは一緒なのさ、もう分かるでしょ? 無理矢理、女の性的興奮を高めさせるのに幽鬼の霊気がダダ漏れよ」

「そいうことだったのね」

「キョーコさんに取り憑いていた、幽鬼は催淫効果を持たらせるんだよ」

キョーコさんは唇をかみしめている。

「まっここまでにして早速本題! 修行ね」

「ええ、教えて!」

暖房を消す

「脱いで全部」

アタシは全裸になってキョーコさんに言った。

「ええぇ?」

「良いから早く!」

服と下着を剥ぎ取り寝室へと投げ込む

「これに着替えて」

白装束を渡す

「寒い!」

「我慢して」

あげた新しい小型の三角剣を、キョーコさんの前に置く。

「良い? 雑念を取り払って意識を集中させて」

背筋を伸ばさせる。

「力を持つものは、意識を集中させる事である程度の寒さや暑さを緩和する事ができるの。まずは、そこからね」


◇ ◇ ◇


 マキに服と下着を全て脱がされた。代わりに白装束を渡される。寒すぎる。

私の前に小型の三角剣を置いていく、マキが説明してくれて居る、向かいあい正座する。

雑念を払う……難しい事だ。今の私に出来るだろうか? いやこれこそ雑念なのかもしれない、マキに背筋を伸ばされる。

 目を閉じ意識を集中させる、マキは言った。何処に集中すれば良いのだろう。ジワリと汗が出る、マキはずっと黙っている。自分の内面に何かを感じる、小さな白い光が見える。それに意識を向けると光が大きくなってくる。私は意識を光に委ねた、すると身体の奥から何かが吹き出してくる。それも吹き荒れている、精神を集中して意識の奥で吹き荒れているモノを鎮める。

 どれくらいの時間が過ぎただろう?今だに私の内面では、荒れ狂うモノを鎮める事に精神を集中していた。更に強く集中し願う、どうか私に力を貸して! 声が聞こえる。

「力を得てどうしたいの?」

私の声だ

「復讐する為? 犯されかけた幽鬼達に?」

それもある、でも私は助かった。だが最後まで陵辱され尽くし、心を壊した人もいる。そんな人を増やしたくない誰かを護りたい、そして強く有りたい。今迄誰かに守られてきた、これからは……私にも戦う力が欲しい! 幽鬼共を悪しき者たちを討ち祓う力を!

 お願い! 私よ! 力を貸して!

「強いね塚田さん、ちょっとだけ手を貸すね」

荒れ狂っていた、光が鎮まる。その光は強く輝きながら、小さくなっていき私の意識に溶け込んでいった。

 目から涙が一滴こぼれて、ゆっくりと目を開ける。マキも精神統一をしているが、私に気付き笑顔を見せた。


◆ ◆ ◆


 キョーコさんはじっと目を閉じている。微動だにしない、きっと元々素質があったのだろう。キョーコさんのうなじからジワリと汗が出る。多分良い調子だろう。その身体は光だし明滅を繰り返していく。

「才能があるって羨ましい」

声に出た、アタシの修行生活は厳しく辛かったが、師匠が側にいてくれた。励まし愚痴も聞いてくれた、師匠に支えられながら修行を続けた結果。今の力を手に入れた。

「負けてられないね」

私も瞑想に入った……二時間が過ぎたとき師匠の気配を一瞬だけ感じた。きっとキョーコさんに力を貸したんだろう。視線を感じて目を開けると、キョーコさんは白い光を纏い微笑んでいた。

 「次の段階に進むよ良い?」

「お願いするわ」

ここまでの才能があるのなら、アレが可能だろう。私にも出来るが、細かいコントロールが出来ない得手不得手の問題だろうか?

「この三角剣達に意識を集中して」

「これ全部に!?」 

「じゃあ取り敢えず六個!」

「わかりました」

キョーコさんの霊気が、三角剣へと流れていく一つまた一つと繋がって行く。六個とも光を纏う

「それを浮かび上がらせる様にイメージして」

「わかった」

キョーコさんは目を閉じる、イメージしているのだろう。それと呼応する様に、三角剣が浮かび上がる。

「キョーコさん! キョーコさん! 目を開けて!」

「えっ」

目を開けて浮かんでいる物を見て、本人がビックリしている。そりゃそうだろう。気持ちは分かるが

「集中して! 三角剣がバラバラになってるよ!」

「結構集中力使うわね」

「良い? 浮いている三角剣を、三つだけ動かして三角を作る! 要はイメージよ!」

「くっ」

キョーコさんは額に汗を浮かべながら、イメージしているのだろう。

「もし難しいようなら……」

「いやよ! まだ行ける!」

そう言って、手をかざす。空中に三角形が浮かびあがる。

「凄い! じゃあ難しいの行くよ! 覚悟は良い?」

「覚悟は出来ています!」

「よし! じゃあこれ全部使って菱形を作って見て。ピラミッド型を二つ合わせたような立体的なものよ!」

アタシも興奮が収まらない、無茶な注文だとは思うがやってもらう。

 コツを掴んできたのだろう、三角剣が次々と動き指定の場所へと向かっていく。立体的な菱形が出来た。

「マジで凄いよキョーコさん」

ここまでのコントロールは、私には出来ない

「格好いいよキョーコさん!」

「彼のおかげよ……」

やっぱり師匠が……少し嫉妬する

「師匠はアタシだけの師匠だからね!」

「そう? とても優しい声だったわ」

何この女! あんた人妻でしょうが!

「いつもの仕返しよ、それよりもどうかしら見てくれる?」

三角剣が部屋の中を飛び交っている

「良いんじゃない? もうキョーコさんだけで」

「謝るから!」

 それで本日の修行は終了となった、二人交代でシャワーを浴び。夜警に備えて仮眠を取ることにした。

「ねぇ布団これだけ?」

「他にある?」

「ほら一緒に、寝よう」


布団へとキョーコさんを引きずり込み、抱き締め合う形で眠った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る