第439話 魔術師リアムの上級編二日目のお昼

 身体が冷えているならスパイスでしょ、という祐介の意見を聞き入れ、二人はインドカレー屋に来ていた。この店を訪れるのは二回目である。


 腹は減っているがそこまで食べたいとも思わないリアムであったが、カレーの刺激的な香りを嗅いだ途端、胃が動き出し音を鳴らした。


 ここまでの道のりは、上からは直射日光、下からは地面に蓄えられた熱が立ち上りかなりきつかったが、だがもうふらつく様なことはなかった。


 このことからも、異変は生理がくる前日から始まり、ふらつくなどの症状については初日まで大変ではあるが、二日目にはそれが緩和し、ただし量は多いことが分かる。この二日目を乗り切れば楽になるのではないか、そんな楽観的なことを思える程には、リアムの精神面も回復していた。


 今となってみれば、何故あそこまで悲観的になってしまったのかがさっぱり分からない。頑なに祐介との別れを想定していたのは、それをリアムが恐怖の対象として見ているからなのではないか。そして、あの時期はそういった不安を増長させて見せてくる恐ろしい期間なのかもしれなかった。


「オマチドサマネー」


 前にもいた、人の良さそうな色黒の異人が片言の日本語で料理を提供する。今日はリアムは、キーマカレーなる種類の肉がふんだんに使用されたカレーに、ナンと呼ばれるほんのり甘さのあるパンの様な物だ。それに色は真っ赤で辛そうだが実はそれ程でもないタンドリーチキンなる物とサラダ。


 祐介はバターチキンカレーなる物を頼んでおり、幸せそうな顔でカレーを凝視している。


「いただきます」


 手を合わせてそう言うと、ナンを千切って食べ始めた。リアムもキーマカレーを食べながら、それでも祐介をひたすら見てしまう。羞恥さえなければ、祐介は見ていて飽きないのでむしろずっと見ていたい。

 

 祐介の口の端にカレーが付いて、それを舌で舐め取っている。


 途端、先程の祐介と交わした口づけのことを思い出してしまった。顔がかああっと熱くなる。


「サツキちゃん、顔赤いよ。辛かった?」

「す、少しな」

「カレー付いてるよ」

「え?」


 祐介がにこにこと笑いながら手を伸ばしてくると、リアムの上唇に触れ、その人差し指をぱくりと舐めてしまった。


「ゆ!」

「なに」

「そ、そ、その様なことをしなくてもだな! おしぼりという物が存在するからなっ」

「いいでしょ別に」

「恥ずかしい!」

「もうこれ位なら大丈夫でしょ」


 祐介がにこにことしたまま、言い切った。もう、というのはあれだ。あれだけ散々やったんだから何をこの程度で、ということに違いない。けろっとした顔をして、次のひと口を放り込んだ。


 リアムの顔面が、熱くなった。もうこれ以上は何も言えない。確かに先程のものと程度を比べれば、あれは上級レベル、こちらは初級レベルと言えよう。だが、だが恥ずかしいことに代わりはないのだ!


「ほら食べよう? 冷めちゃうよ」


 しれっと言う祐介を、リアムは頭痛を覚えながら眺めるしか出来なかった。

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