第343話 魔術師リアムの中級編五日目の貸し切り露天風呂について

 中居さんという女性が続ける。


「今のこのお時間から四時だと少し慌ただしいですかね?」

「あ、いや、大丈夫、です」

「何か問題がございましたら五時の方でも」

「よ、四時でお願いします」

「承りました。ではお夕食は六時、明日の朝食は八時から九時の間にお食事処にいらしていただければ大丈夫です。チェックアウトは十時までにお願い致します」

「分かりました」


 祐介が、何とも言えない表情を浮かべながら、中居さんに返事をした。


「お布団はお夕食の後に敷きに参りますので」

「はい、宜しくお願い致します」


 祐介がきちっと正座をして頭を下げ、いつの間に用意していたのか、封筒をすっと中居さんに渡した。


「こちら宜しければお受取り下さい」

「あら、ありがとうございます!」


 中居さんの声が弾んだ。あれは一体何だろうか。


 お茶菓子を出し終えた中居さんが、深々とお辞儀をして「ごゆっくり」と言ってから去っていった。


「祐介、先程の封筒は何だったのだ?」

「ん? あれは心付けっていって、チップ……うーんと、宿代とは別に、このお部屋のお世話をしてくれる中居さんへのお小遣いみたいなものです。大した額は入れてないけど、渡すとサービス良くなる気がするからうちの家族はずっと渡してるけど、渡さなくても問題はない」

「ほお」


 色々とある様だ。一つ一つ覚えていく以外にリアムに手段はないのだが、このままでは羽田の件が片付いてもまだまだ独り立ち出来そうにないな、と少しだけ安心している自分がいた。


 祐介が、目を泳がせながらリアムに言った。


「で、貸し切り露天風呂なんだけど、そんなのあるって全然読んでなかったから、僕もさっき知ったことだっていうのは伝えておく」

「? うむ。何か問題でもあるのか?」


 祐介が、実に言いにくそうに言った。


「貸し切り露天風呂ってことは、僕とサツキちゃんの二人で入っていいっていうお風呂のことです」

「混浴ということか」

「まあそう。時間が決められてて、その間は他の人は来ない様になってます」

「いいではないか。ゆっくりと入れそうだ。時間も迫っているし早速入ろうか」

「あのねサツキちゃん」

「うん?」

「日本のお風呂って、タオルとかお湯に浸けちゃいけないんだよ」

「……おお?」


 何が言いたいのだろうか。


 すると、祐介がもごもごと照れくさそうに言った。


「一緒に入ると裸見られちゃうから、やっぱり貸し切り露天風呂は入るのはやめて、普通に男女別の風呂に行こうか。お風呂の入り方の説明、行く前にするから」


 祐介と互いに裸を見せ合い風呂に入るということか。それは確かにあれだ、うん。


「そ、そうだな、あは、あはは」


 リアムは笑って流すことにした。いくら祐介とリアムの仲とはいえ、それはさすがに拙い。多分何か拙い方向になるのが予想が出来た。


「じゃあ支度しようか。お風呂の入り方ってちょっと独特だから、行きがてら説明するね」

「うむ、頼む」

「あ、浴衣の着方も説明しないとだ。今僕が着てみせるから、サツキちゃんもここで着替えてから行くといいよ」


 至れり尽くせりである。祐介は浴衣を棚から取り出すと、着ていたものを脱ぎ始めた。

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