第235話 魔術師リアムの中級編三日目の仕事中

 その日の職場の雰囲気は、非常に宜しくないものだった。


 まず、羽田がいる。昨日の様子を知らない橋本以外の人間は、触らぬ神に祟りなしとばかりに仕事に集中したフリをしている。羽田自身もさすがに連日のさぼりで仕事が溜まってしまったのだろう、ぶつぶつ言いながらパソコンを叩きつけつつ仕事をしていた。


 頼りになる潮崎は、商品の到着遅延に対する愚痴が大好きな客にずっと捕まってしまい、もうかれこれ一時間以上電話していた。時折怒鳴り声が漏れ聞こえてくるが、さすが潮崎、全く意に介さずのんびりと受け答えをしている。


 祐介はというと、時折掛かってくる電話では非常に人好きのする明るい爽やかな声で対応するが、切った途端またむすっとしてリアムをチラッと見てはわざとらしく溜息をつく。


 さすがに木佐ちゃんが我慢出来なくなったらしく、祐介に声を掛けた。


「山岸くん、悪いんだけどすっごい集中しにくい」


 遠慮なくはっきりと明確に相手に伝えるその姿勢。さすがは木佐ちゃんである。


「そうだ、木佐さんも参加して下さいね。それならまだ分散されるかな?」

「何の話よ?」

「また後程詳しく」

「はあ……」


 木佐ちゃんは明らかに困惑しているが、祐介は少し機嫌が治った様で膨れっ面が普通の顔に戻った。分かり易い奴だ。


 木佐ちゃんが、こそっとリアムに尋ねてきた。


「山岸くん、何か雰囲気変わった?」

「あれは元々あんなものだ」

「そうだったんだ……」

「木佐ちゃん殿、この続きを」

「あ、はいそれね」


 仕事の話をしつつ、これまで祐介はどれだけ作っていたのかと思う。祐介に対するリアムの印象と周りの人間からの内容に、明らかに乖離があるのだ。


 リアムと初めて会った時の祐介を思い出す。少し距離のある様な、壁が一枚ある様な感じだった記憶がある。知らない者同士なら当然だろうが、サツキと祐介は職場の同僚で知り合いだ。しかも隣の家に住んでいてあの他人行儀。つまりあれが祐介のこれまでの会社での姿だったということだ。


 どこから変わったのだろうか? リアムは計算機を叩きながら考える。


 あれだ。Tシャツが透けると言って正座させられたあの時から、祐介との距離が縮まった気がする。


 侮りがたし、白いTシャツにノーブラ。もし今後祐介が非常に立腹してしまう時があったら、意を決してあれになれば許してもらえるかもしれない。ただしあれは諸刃の剣でもあるから、リアムもある程度覚悟を持って挑まなければならないだろう。


 その、祐介とそういうことに至ってしまうと、その先のことが一切想像出来ず、恐らくリアムは思考停止してしまうだろうから。


 互いにそういった感情がなくとも、何がきっかけでそうなってしまわないこともないことは、リアムも知っている。


 リアムの精神は男だ。だがサツキの身体は女だ。リアムの意思に反して、その、祐介と、などと身体が反応してしまったらと思うと、恥ずかしくて死にそうになる。


 リアムはゴン! と額を机に打ち付けると、邪念を振り払うのだった。

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