第219話 魔術師リアムの中級編三日目の正座

 リアムは久々に正座をしていた。いや、正確にはさせられていた。


 ジンジン痛むふくらはぎに泣きそうになりながら、目の前で延々と説教を垂れる祐介を恨めしげに見た。


「そんな顔しても駄目!」


 駄目だった。


「そもそもね、僕が入ってくるって分かってる癖に、何で廊下で着替えるの? 何? 僕に見せたいの?」

「いや、そういう訳ではなくな、ストッキングを履こうとした時に髪の毛が邪魔で、それを括りに洗面所に行ったのでな」

「もう絶対廊下で着替えないで下さい!」

「分かった、もうしない、頼むからもう正座は……!」


 祐介の顔はまだ怒っている。でも同時に赤い。考えてみれば、祐介はほぼ毎日リアムの下着姿を見ている。一度など素っ裸を見てもいる。もういい加減勘弁してほしいというのが本音だろう。


「サツキのこの身体はなかなかに迫力があるからな、朝から耐えるのも辛かろう」

「言い方考えようか、サツキちゃん」

「まあ大変なのは今の内で、段々と少しずつ衰えてはくる」

「え、やっぱりそうなの?」

「人にも寄るとは思うが、少なくとも私はそうだった」

「ええー……じゃないよ! 枯れた様なこと言ってるけど、サツキちゃん今女の子だからね!? まだ若いんだよ!? 諦めるのは早いよ!」

「祐介、お前は一体何を興奮しているのだ」

「あっ……えーと、とりあえずお説教はおしまいです」


 コホン、と咳払いをすると、祐介はすっくと立ち上がった。リアムに手を貸すが、リアムは生まれたての子鹿の様にプルプルと震えてしまい、思わず祐介の腰にしがみついた。


「む、無理だ……立てん!」

「本当に正座苦手だよね」

「今まで正座などしたことがないからな!」

「偉そうに言ってるけど、今すっごい情けなく僕にしがみついてるからね?」

「ああっ祐介動くな! 痛いっ」

「あっこら! どこ掴んでるの! ズボンが下がる!」


 リアムは立っていられず、思わず祐介のズボンのベルトを掴んでしまった様だ。


「痛い痛いっ」


 今度は祐介が痛がりだした。どうやら引っかかっているらしい。


「済まぬ、他意はない」

「分かったから離してっ腕掴んでよっ」

「あ、そうか!」

「あー……痛かった」


 そう言うとズボンを上に上げ位置を直した。リアムがただ見ていると、祐介がぼそっと言った。


「あのさ、あまり至近距離で見ないでくれる?」

「あ、済まぬ」


 いくら男同士であろうが、まあ近くで着替えを見られたくはないだろう。リアムは顔を逸し、ようやく痛みが治まってきたのでそうっと姿勢を正した。祐介を見上げると、まだぶすっとしている。こんな時は、あれだ。


「祐介、頭の匂いを嗅ぐか?」


 一瞬、祐介がぎょっとした様な表情になった。そしてムスッとした表情のまま無言で頷くと、リアムの背後に回って抱き締めた。


「いい匂い」

「汗臭くはないか? ちゃんとシャンプーの匂いは残っているのか?」

「あ、うん、残ってる残ってる」

「ならいいが」


 暫くスーハーしていた祐介が、リアムの頭に半ば顔をうずめながら、言った。


「まだまだ遠い……」


 意味が分からないリアムは、それを聞き流すことにしたのだった。

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