第208話 OLサツキの中級編二日目、春祭りの驚愕

 これは何だ。今一体、何が起きている。


 サツキは二十四歳、もうすぐ二十五歳のほぼ四半世紀を生きてきたが、恋人がいたことはない。痴漢や知り合いの男性に胸を触られることはあっても、これまで男性と手を繋いで歩いたことも、腕を組んで歩いたことも、裸を見られることも一緒のベッドで寝たことだってなかった。今日までは。


 その程度には、警戒しながら生きてきた。自分をそこまで大事だとは思っていなかったけど、それでも怖かったから自分を守った。


 勿論キスなんてしたこともない。可愛いアイドル達の投げキッスを受け取る、それだけで十分だと思っていた。それ以上はおこがましい。サツキ程度の人間が人並みのときめきを求めるなんて、してはいけないことだ。


 ずっとそう思って生きてきた。


 至近距離にユラの目が見える。金色のまつ毛が長くて、思わず見惚れる。……いやいやいや、見惚れている場合じゃない。何してるのユラ、何故今ユラはサツキに、これはどう考えてもキス、をしているのか。


 驚きすぎて固まっていると、ユラが顔を離し、後ろを確認する。


「まだいるな。静かにな」

「え、いや、あの、ユラさん? そうじゃなくて、今の、そのっ」

「喋るなって」

「え、あの、その、でもですねっ」

「うるせえな」


 首の後ろをがっと掴むと、ユラは再びサツキの口を塞いだ。


「んんんんっ!?」


 手で押し返そうとすると、ユラの眉毛がイラッとした様に歪んだ。いや、何故怒る? 


 ユラが息継ぎで口を離し、言った。


「こういう時は目を閉じるんだよ。ほら閉じろ」

「ほらってユラ、ちょっと待ってそういうことじゃなくて」

「胸触るぞ」

「閉じます」


 サツキは目を閉じた。そしていやちょっと待てやっぱりおかしいぞと思ったその瞬間。


 一体今、何をされているのか。何故ユラに唇を噛まれているのか。いやちょっと口の中に何入れてんの、これは所謂あの大人のキスってやつでしょうか、ていうか胸触るぞって脅されたから目を閉じたのに、胸ががっつりユラに押し付けられてるのは何故だ。


 ユラは一向にめる気配がない。あの感じだとアールとキスする様な雰囲気でもないから、欲求不満が溜まっていたんだろうか。可能性はある。それに始めは飲みたがっていなかったラーメニアの薬酒も、一口飲み始めた途端やたらとサツキに飲め飲めと勧めてきたのも、もしかしたらアールへの切なさをサツキで穴埋めしようかと? 確かにサツキはギラギラしていないから、代理としてはぴったりなのかもしれないが、いやでもそれにしてもちょっと長くないか。


 やっぱりあの薬酒はやばいやつだった。それだけは分かった。きっとあれの所為でユラのアールに対する恋心が爆発したんだ、そうに違いない。でないとこの状況は説明がつかない。


 ようやく、やっとユラが口を離した。足ががくがくいっているのは、もう何というか何も言えない。


 すると、ユラがニヤリと笑った。


「下手くそ」


 まさかの発言に、サツキはあんぐりと口を開け見つめ返すことしか出来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る