第195話 魔術師リアムの中級編二日目の就業は順調

 午前中は木佐ちゃんの指導の元作業を進め、昼は祐介と近くのイタリアンレストランなる所に行ってスパゲッティを食した。


 真っ黒のスパゲッティが出て来た時は恐怖を覚えたが、一口食べてみたら非常に美味だった。イカスミという代物らしく、よく春祭りの際に巨大な水槽に入れられたアカイロタコモドキが噴き出す墨を思い出した。あれは墨として高く売れるが、墨を吐き出させる際に鋭い牙で噛みつかれることがある為採取には注意が必要なアイテムだ。


 あれを香ばしく焼き上げたタコモドキ焼きが懐かしい。


 昼食から戻ると、リアム達とは離れた、潮崎がいる方の席に、機嫌の悪そうな羽田が座っていた。そういえば午前中はいなかった。他の営業達は壁にかけられた予定表に予定を記載していくが、羽田の所だけは何も書かれていない。一人だけ随分と好き勝手にやっている様だ。


「羽田さん、そう苛々しないで下さい」

「うるせえなヒョロヒョロが」

「外見を口にするのはハラスメントですよ」

「うっせえっつーの!」


 潮崎が反論すると、羽田は手に持っていた紙のファイルと呼ばれる束をバン! と机に叩きつけた。木佐ちゃんがびくっと反応した。よろしくない、非常によろしくない。


 あの男が来るまでは和気あいあいとしていた雰囲気が、羽田が来てからというもの、気配を窺う様な居心地の悪いものとなってしまった。


 思うに、業務とは互いに思いやり合い気遣うことでうまく回り効率が上がるものだと思う。パーティーを組みダンジョンに入ると、この重要性がよく分かる。


 時に主張の強いリーダーの存在で上手くいくこともあるが、自己の主張ばかりを繰り返し周りの意見に耳を貸さない者はパーティーの士気を著しく下げ、結果として敗北を招くのだ。


 リアムが苛ついた表情になったのに気付いた祐介が、リアムを目で制した。リアムが反論しようとすると、祐介が首を横に振った。


「あんた達、目だけで会話しないでくれる? 独り身の寂しさがすっごい身に沁みるんだけど」


 木佐ちゃんが悲しそうに言った。それを聞いて祐介がふっと笑うと、立ち上がってスタスタと羽田の元に行ってしまった。大丈夫か祐介。


「羽田さん、すみませんがもう少し声を小さくお願い出来ますか」


 祐介がにこやかに話しかけた。あれだけあからさまに警戒しているところを見せたのに、よくあの後こんなにわざとらしい笑顔を作れるものである。案外祐介は、リアムが思うより面の皮が厚いのかもしれない。


「んだよ山岸、うっせーな!」

「電話の声が聞こえなくなるんですよ、もう少し抑えめにお願いします」

「あああああっもうむっかつくなお前! 大体お前の所為で野原ちゃんが可愛くなくなっちまったんだろうが!」


 すると、祐介の声が低くなった。


「……はあ? サツキちゃんが、可愛くなくなった? 羽田さん、眼科行った方がいいんじゃないですか」


 眼科とは何だろう。リアムが思ったその瞬間。


「うっせーんだよ! クソガキが!!」


 羽田が祐介に殴りかかった。

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