第187話 魔術師リアムの中級編二日目のユメちゃん

 混雑した電車に揺られること一駅。


「慣れないと、これからもっときついよ。他人同士の汗かいた腕と腕が触れ合うあの不快感」

「やめろっやめてくれ祐介!」


 あはは、と祐介が楽しそうに笑った。今日も昨日と同じカフェに入る。


「ブラウスって結構透けるから、女性陣は会社に着いてから肌着を着替えたりしてたみたいだよ」

「成程……皆色々工夫をしているのだな。木佐ちゃん殿にも聞いてみよう」

「そうだね。あの人そういうところはきちっとしてるから。でもさ」


 珈琲を席まで持ってくると、祐介がリアムをじっと覗き込んできた。祐介の真顔は、正直居心地が悪くなるのだ。何というか、本人にそのつもりはないのだろうが、隅に追い詰められている様な錯覚を覚えてしまう。


「な、何だ」

「僕をくれぐれもないがしろにしないでね」

「蔑ろになどしていないだろう?」

「いーや。僕と目が合うと面倒臭そうな顔をする時がある」

「それは祐介が私が顔を上げる度に見ているからではないか」

「人が心配してるのにな、ていうかやっぱり面倒臭いって思ってるじゃない」

「あっ」


 祐介がむすっとする。大人かと思えば子供の様にいじける。


 可愛いものだ。


「よしよし、そういじけるな」


 祐介の頭に手を伸ばすと、ワックスなるもので固められた少し固い髪に手が触れた。撫でては潰れそうだ。リアムが手を途中で止めると、祐介が手を掴んで自身の頬に付けた。


「今日さ、帰りにまた何かDVD借りようよ。あれがいいな、素直になれない魔女が人の優しさに触れて前向きになるやつ。今のサツキちゃんに是非観せたい」

「大佐は出るか?」

「大佐は出ない」


 即答された。


「というか大佐はあれにしか出ない」

「なんと」

「あ、格好いい豚の男が出る映画もあるよ。多分サツキちゃん大好きだと思う」

「ではそれを先に」

「魔女が先」


 にっこりとされた。もう分かる。絶対譲らないやつである。


「わ、分かった。ではその魔女のやつが先でいいから、そろそろ手を」

「会社で僕と目が合ったらさ、笑ってよ」

「へ?」


 チラチラチラチラしょっちゅう見てくる度に笑えと言うのか?


「そうしたら、僕安心して仕事に集中出来るから。サツキちゃんが木佐さんとうまくやれてるかなーとか心配しないで済むし」

「祐介……」


 あの視線はそういう視線だったのか。済まぬ、祐介よ。自分の思慮の浅さが情けなく感じる。


 すると。


「うわだっさ」


 横を通り過ぎようとした声が言った。


 リアムが何事だろうかと見ると、一人の少しけばけばしい、だが甘い雰囲気の若い女性がこちらを見て笑っていた。


「山岸くん、昨日噂になってたけどマジでその子と付き合ってんの? 地味子好きなの? あ、何でも言うこと聞いてくれそうだもんねーあはは」


 この顔は写真で見た記憶があった。早川ユメ。総務兼人事兼社長秘書で愛人だ。


「放っといて下さい」


 祐介の声は、初めて羽田に会った時の様な冷たい声だった。

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