第176話 OLサツキの中級編初日の春祭り散策で絡まれ戦う

 サツキが杖を向けると、男の顔に焦りが生まれた。


「あれ、君魔法使えるタイプの子?」

「魔術師よ」


 杖を持つと急に勇気が湧いてくる。これ以上近寄らせない為に、付け加えた。


「ドラゴンスレイヤーのね!」

「え? あれって魔術師男じゃなかった? 実は女の子だった? うわ、萌えるそういうの」


 余計だったらしい。男が杖を握る方の手首も掴み、両方の手を掴まれてしまった。ぎゅ、と強い力が入り、思わず杖を落とす。


「あっ」


 ラムがそれを急いで拾ってくれたが、これではどうしようもない。ああもう、余計なこと言わなきゃよかった! とサツキが焦ると。


 ニョニョニョ、とラムの手がハンマーの形となると、ぶん! と男の足に降り掛かった。


「うおっ危ねえ! て何この子! 激レアじゃん! さっすがドラゴンスレイヤー、いいモンスターテイムしてるね!」


 ラムの攻撃は避けられたが、サツキの片手は解放された。


「売ったらいい値つきそう」

「……は?」


 男の目が怪しく光る。こいつ、やばくないか? ナンパしといて一緒にいるモンスターを売るとか、どう考えてもおかしすぎる。


「その子はとりあえず捕まえておいて、君を盗んで君に酒を飲ませて夜を共に過ごそう、そうしよう」

「ちょっと、何勝手に決め……」

「僕、職業シーフなんだよね。盗むのが仕事っていうか」


 シーフ。盗賊のことだ。男はそう言うと、サツキの手を掴んだままラムに手を伸ばした。


「駄目!」


 咄嗟に男の手を掴み引き戻そうとする。可哀想に、ラムは震えている。


「ラムちゃん! 逃げてギルドから人を呼んできて! えっと、喋れる様にするから!」


 しかし杖はラムの中だ。サツキは握られた手に渾身の力を込め、ラムに触れた。これで成功してくれ。頼む。


「イルミナ! ――ユラ!」


 咄嗟に出てきたのはユラの名だった。アールは広場を彷徨いてるし、ウルスラは女でこの場では危なそうだし、残るはユラしかいなかったから。


「サツキ!」


 ユラの声でラムが叫んだ。杖はラムの身体の中に入ったまま。でも、もしかしたら杖がなくても呪文は効力があるのでは、と今ので思った。


「ラム、行って! 早く!」

「分かった!」


 ユラな姿のラムが走り去る。目の前の男がちっと舌打ちをした。顔を近付けられて凄まれる。


「希少モンスター逃げちゃったじゃん。しかも助け呼ぶって。皆聞こえてるし。さっさとあんた連れて逃げないといけなくなっちゃった」


 怖い。怖いが、怖がってすくんでいる場合じゃない。今のサツキには、OLサツキにはなかった魔力があるじゃないか!


「フリーズ!」


 一瞬男が固まったが、杖がなく目標が定まらなかったのか、すぐに動いてしまった。さすがに人間相手にメテオは降らせないし、切り刻むのも燃やすのも後の問題となりそうだ。ああ、もっと勉強してから外出すればよかった。


「杖なし魔術師ちゃん、可愛いね」


 男が不敵ににやりと笑った。

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