第143話 魔術師リアムの初級編三日目の夕餉前の戸惑い

 祐介で予行練習をする。


「祐介。意味が分からないのだが」


 人を好きになるのに予行練習も何もあるまい。リアムはまた眉間に皺が寄るのを感じたが、これはすぐには取り払えそうになかった。さすがに不可解過ぎる。


 すると、祐介がにっこにこで更に提案してきた。


「だからさ、僕を男としてじゃなくて、祐介って人間として見てよ」

「祐介は祐介だが」

「そうじゃなくてさ、僕のこと、試しに恋愛対象として見てる練習をしてみたらってこと。ほら、僕達一応付き合っていることになってるじゃない? ある程度恋人感も出していかないと、周りも疑うと思うんだよね」

「成程、疑われるとなると、羽田の件もあり厄介ではあるな……」


 祐介の言うことにも一理ある、かもしれない。恋人同士の雰囲気を出せた方がいいということだろう。


「だとしても、どうしたらいいのだ?」


 いきなり恋人同士の雰囲気は出すのは現実問題難しいだろう。なんせ恋人ではない。リアムは魔術師のおっさんであり、祐介は若い男性だ。


「サツキちゃんから僕に触れる、とかは?」

「へ?」


 先程から「へ?」としか言えてない気がするが、これは致し方ないことだと思う。あまりにも祐介の提案は突拍子もなさ過ぎるのだ。目的ははっきりとしてはいるが、何をどう取ったらそういう発想になるかが分からない。


「まずは慣れだよ、慣れ。僕を男ってして見ないで、触れるのに慣れていく」

「一理ある様な、ない様な」

「お互いの自然の触れ合いがないと、疑われるよ」


 にっこりと祐介が笑う。怖い。怒ってはいないだろうが、有無を言わせない圧があった。リアムは小さくこくこくと何度も頷いた。


「わ、分かった分かった、とりあえずやってみよう」

「……よし」

「今何か言ったか?」

「いや? 何も別に。さ、僕んちに一緒に来てよ。着替えるから」

「あ、ああ」


 すると、祐介が玄関の前で背中を向けて肘を曲げた。


「ほら」

「え?」

「練習だってば」

「あ、ああ……」


 リアムは用意されたその空間に手をそっと乗せた。何だかこそばゆい。こそばゆくて仕方がない。


 反対の手で祐介が小さく拳をぐっと握り締めているのが見えた。あれはどういう意味だろうか。


「さ、靴買う時間も欲しいし急ごう」

「そうだな」


 バタバタとサツキ宅を出ていき、すぐ隣の祐介の家に入る。


「座ってて」

「分かった」


 祐介に言われるがまま、ソファーに腰掛けて祐介の支度を見守る。上をTシャツから紺色のブラウスに着替える様だ。下は黒の細身のパンツを用意すると、上を脱ぎ始めた。相変わらずいい身体をしている。


「あ、鍛えるのを忘れていた」


 筋トレ、という名前だということだが、昨日は酔っ払ってしまったのですっかり忘れていた。


「食後にしたら?」

「そうだな。腕立て伏せはどうも胸が痛くなるのでな、今日は腹筋をしたい。祐介、足首を持ってもらえるか」

「三日間頑張ったご褒美だ……」

「え?」

「何でもないです。さ、お待たせ」


 そう言うと、また腕を差し出してきた。

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