第121話 魔術師リアム、初級編三日目の午前の説教後

 さて、とリアムは己の膝をポンと叩いた。


「堅苦しい説教はここまでだ。残りの説明を頼む、祐介」


 隣の祐介を見上げるが、祐介の表情は暗いままだ。いかん、ここまで凹ませるつもりはなかったのだが。


「祐介、済まぬ。少しきつく言い過ぎた様だ」


 目を隠す前髪を指で退かすと、真っ直ぐにこちらを見返す瞳が出てきた。読めないその表情に、リアムは戸惑った。やはり自分はどうも人とうまく関係を築くのが苦手な様だ。師の教えに従い突き進むと、こうやって人を容易く傷付けてしまう。


「ゆ……」


 突然、祐介がガバッとリアムを抱き締めてきた。物凄い力だ、少し痛い。


「……どうした?」

「約束、する」

「何をだ?」

「僕も、師匠さんの教えを守る」


 リアムは思わず笑顔になった。祐介の背に手を回し、とんとんしてやる。ちゃんと伝わったのだ、それが嬉しかった。


「ああ、わかった。……さ、そろそろ」

「もうちょっと」

「いや、でも……」

「今はまだ顔見られたくない」

「全く……祐介は時折急に子供っぽくなるな」


 守ろうとしたり、かと思うとこうしてしがみついてきたりする。


 だが、これはなかなか悪くない。これまでのリアムは、ただひたすら他者を守ろうと必死になって生きてきた。その結果、誰一人として隣にはいなかった。


 祐介は不安定ではあるが、人には色んな面があることをこうして今も教えてくれている。


 一向にリアムを離さない祐介。そうだ、何か話をすれば落ち着くかもしれない。リアムは祐介に語りかけた。


「祐介は姉が二人か。下はいないのか?」

「……うん。僕は末っ子。よく末っ子っぽいって言われる。サツキちゃんは?」

「私は兄弟は沢山いたぞ。貧乏子沢山というやつでな、幼い頃に師の元へと預けられてからは一度も家族とは会っていないから、最終的に何人になったのかは分からぬ」

「え……」


 祐介が顔を上げた。ふう、ようやく解放だ。祐介は体温が高いのか、触れると暖かい。お陰で汗をかいてしまった。


「だから正直羨ましい。私も是非祐介の姉御と仲良くなりたいぞ」


 リアムが笑顔で言うと、ようやく祐介にも笑顔が戻った。


「うん、是非」

「会えるのが楽しみだ」


 ようやく腕も離れていった。先程から心臓が存在を主張している気がしていたが、これは恐らく密着したことによる体温上昇に伴う現象だろう。


「あ、姉にはサツキちゃんの状況は話しちゃ駄目だよ」

「うむ……はい、分かったのだ」

「ねえ、ずっと気になってたんだけど、そっちの世界って皆そんな喋り方なの?」

「いや、どちらかというと祐介の喋り方に似ている」

「え……」


 祐介の顔が引き攣った。


「師がこの話し方でな。私には師以外ろくに会話する相手もおらず、気がつけばこうなってしまった。ははは」

「はははって」

「だがそうだな、サツキとして生きて行くにはやや堅苦しいのも分かる。少しずつではあるが、祐介をお手本に直してみたいと思う」

「楽しみにしてます」

「任せろ」


 リアムと祐介は、にこにこと微笑み合ったのだった。

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