第119話 魔術師リアム、初級編三日目の午前はまず説明から

 祐介が購入しておいたパンを朝食にした後、いよいよ説明が始まった。


 会社なる組織に所属する者達が勢揃いした、一枚の写真。そこには微妙な笑みを浮かべたサツキがいた。


「サツキは楽しくなさそうだな」

「そうだったと思うよ」


 祐介は、彼が知り得る限りの職場の人間関係を教えてくれた。それは、聞くだけで気の滅入る話だった。


「サツキは、何故そんな状況に耐え忍んでいたのだろう? いいことなど何一つないではないか」


 思わず悔し涙が溢れた。


「お父さんの紹介で会社に入れたから、頑張らないとって言ってたことはあるよ。どうも父子家庭みたいで、二人きりの家族だから心配させたくないとか」


 リアムは涙を拭きつつ言う。


「サツキの状況にいやに詳しいではないか。やはり祐介は」

「違います! 断じてそんなことはございません! 酔っ払って絡まれた時に延々と聞かされただけです!」

「……そ、そうか」


 勢い負けしたリアムは、素直に引き下がることにした。時折やけに強めに反論してくる時があるが、あれはきっと触れてはならぬ部分なのだろうと思うことにする。


「まずは木佐ちゃん殿に可愛がられるところからか……」

「何その木佐ちゃん殿って」

「? 木佐ちゃんという名前なのではないか?」


 ぷ、と祐介が笑う。イラッとした。


「木佐が苗字。茜が名前だよ」


 茜。祐介があの少し暗い赤い空を指して教えてくれた言葉だ。


「茜色……いい名だ」

「ちょっとあのさ、言っとくけど相当いびられてたからね?」


 リアムは気に食わなかった。


「それで、誰かサツキを援護したのか?」

「……それは」

「木佐ちゃん殿に、それは違うと道を指し示さなかったのか?」

「……うん、言う通りだ。誰も何もしなかった」


 祐介の表情が曇る。でも言い足りなかった。


「ならば笑うな」

「はい」

「何も成さず人を嘲笑うことは、人として一番最低なことだと私は思う」

「……うん」


 祐介の表情が真っ暗になった。言い過ぎたか? そうも思ったが、でもこれは、これだけは譲れなかった。


「人は一人の人だ、祐介」

「……? うん」

「人は一人では生きていけぬ。必ず誰かの何らかの支えがないと生きられぬ。だから、時に生き方が違っていると思ったら、それを伝えるのだ。伝えねば何も伝わらない。違っているなら違っていると教え、それで例え自分が嫌われようが、いつかそれは誰かの幸となる」


 祐介はただ真っ直ぐにリアムをじっと見つめていた。ちゃんと伝わっただろうか。


「私の師の教えだ」


 祐介が頷いた。


「誰しもが慢心する時はある。それは仕方のないことだ。だがそれを諌めてもまだ隣にいる人を信じよと、師は仰ったのだ、祐介」

「はい」

「私にとって、それは祐介だ」

「え……」

「だから私も、誰かのそういった存在になりたいと思う」


 リアムはにっこりと笑った。

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