第79話 魔術師リアム、初級編二日目ようやく始動

 羽田が立ち去ったのを覗き窓で確認した祐介は、ふう、と大きな溜息をついた後、ベッドの上で待機させられていたリアムを振り返った。何とも情けなく垂れ下がった祐介の眉に、リアムは申し訳なさで胸が一杯になった。


「祐介、済まぬ。私は祐介に助けられて以降、ずっと迷惑を掛けっぱなしだ」


 何一つ祐介の役に立っていない。この信用出来る男になら寄りかかってみたい、そうは思ったが、だからと言ってただのお荷物にはなりたくはなかった。


「気にするなって言ってるでしょ」


 凹んだリアムの頭をポン、と撫でると、祐介が笑った。祐介の懐の広さには、本当に頭の下がる思いだ。


「それに別にあれはサツキちゃんの所為じゃないし。勝手に纏わりついてきて、僕と付き合ってるのを勝手に怒っているだけじゃない。悪いのは、どう考えてもあっちだし」

「前からあんなだったのか?」


 あそこまで酷いと、さすがに職場で問題になりそうだと思ったが。すると祐介は首を横に振った。


「昨日、僕と歩いてるのを見たからでしょ。それまではニヤニヤして彷徨くことはあっても、あんな態度取らなかった」

「このままでは、その内大事おおごとになるのではないか? お前に何かあったら、巻き込んでしまった私は」

「サツキちゃん」


 祐介がにっこりと笑った。


「僕が好きでやってるの。巻き込まれてないし」


 笑顔が怖かった。


「分かった?」

「わ、分かった」


 リアムはこくこくと頷いた。時折祐介に何か闇の様なものを感じる時があるが、あれはリアムの気の所為だろうか。きっとまだ、リアムが読み取れていない祐介の感情があるに違いない。


「まあいつまでもパジャマでいる訳にもいかないし……僕が先に支度するから、ちょっと待ってて。その後一緒にサツキちゃんちに行こう」

「おお、承知した」


 確かにいつまでも夜着でいる訳にもいかない。しかも祐介の涎がついている。これも今日洗濯が必要だろう。


 リアムは手持ち無沙汰で、膝を抱えベッドの上で待つ。何となく祐介の行動を目で追った。上を脱ぐと、引き締まった腹が見える。


「祐介は何か運動をしているのか?」

「あー、たまに走ったり、筋トレしたり程度だよ」

「ふむ、なかなかいい身体をしているな」


 リアムは自分の若かりし頃を思い出していた。確かにこの頃は、少し運動すればすぐに筋肉が付いた様な記憶がある。四十路に入ると、段々とそれも難しくなり維持するのが厳しくなってきていたが。


「……あんまじろじろ見ないで」

「いいではないか、お前とて私の下着姿は見ただろうが」

「……パーツパーツがえろ過ぎるんだよな……」

「何だ?」

「何でもありません」


 リアムが笑いながら言う。


「きちんと顔を洗うのだぞ。涎の跡も付いているからな」

「はいはい」


 リアムは祐介が洗面所に消えていくのを、何となく微笑ましい気持ちで見るのだった。 

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