第50話 真実のかけら


 “ピーンポーン”


 制止しているともう一度インターホンが鳴る。


「はーい! 」


 ドアを開けると、立っていたのは体調が悪いと聞いていた樹梨亜。


「樹梨亜!? どうしたの、身体大丈夫? 」

「うん……大丈夫。ちょっと話あるんだけどいい? 」

「うん、もちろん」


 リビングに案内してお茶を用意して、その間も樹梨亜は思い悩んでいるようで、元気がない。


「はい、お待たせ。ごめんね、散らかってて。やっぱだめだよね、一人だとついダラダラしちゃってさ」


 気まずい雰囲気を笑い飛ばしてみても樹梨亜の瞳は笑っていない。


「樹梨亜、何かあった? 」

「遥……何か、隠し事してない? 」

「え……? 」


 伏し目がちな瞳、青白くも見える顔色が只事ではないと言っているようで、胸騒ぎがする。


「何かあるならちゃんと言ってほしい」


 俯いていた樹梨亜の瞳が、今度はしっかりと私を捉える。その瞳を、真っ直ぐ見ることは……出来そうにない。


「遥……」

「えー、何だろう……隠し事? 」 


 私だけの問題じゃない、海斗の秘密。


「煌雅が、点検通らなくて……帰れなくて大変だったの。私も急に呼ばれて、交遊関係とか色々聞かれたり、遥と付き合いを絶つようにって、脅された」

「どうして煌雅さんが……」

「海斗君が危険な違法ロイドだって、遥も知ってて協力してるって……耳を疑うようなこと言われたの。遥の口から真実を聞くまで、信じたくない」


 大きくて、素直な瞳が私を見つめる。


「教えて。私……煌雅を失うかもしれないってすごく怖かったの。それどころか、やっと築けた穏やかな生活を……失うかもしれないと思ったら……もうどうしていいかわからない」

「だったら……尚更言えない」

「遥! 」

「ごめん……」

「知らないと守れないよ。私には、煌雅だけじゃなくて遥も大切なの。やっぱり何か隠してるんでしょ? 」


 言ってしまえば、樹梨亜がもっと危険な目に遭う……言えない。


「ズルい」

「え? 」

「遥ズルいよ。そうやって自分のことは胸の中に閉まって一人で抱え込んじゃって、誰にも言わずに解決しようとするんだから。私達そんなに頼りない? 」


 声が苦しそうに揺れる。


 樹梨亜の綺麗な瞳には大粒の涙。


「頼りないなんて思ってない……ただ私は、巻き込みたくないの。大事な親友も家族も、海斗も、みんな守りたいの」

「一人でみんなを守るなんて出来るわけない! 」

「まだわからない。探せばきっと方法だって」

「守りたいって思うなら海斗君と別れて! 」

「そんな……なんでそんなこと言うの? 私だっていっぱい悩んだの! それでも海斗とは離れられない。樹梨の幸せに煌雅さんが必要なように、私の幸せにも海斗が必要なの! 」

「危険なロイドなんかといて幸せになれるわけない! 殺されるのよ、わかってる? 遥だけじゃない、関わった人はみんな……」


 樹梨亜の瞳から涙がこぼれる……守りたい、何とかしたい、そう思っていたのに……樹梨亜を、悲しませてしまった。


「今からでもいい、海斗君と別れて、彼に関するもの全部処分して。誰かに何か聞かれても関係ないって、知らないって言って……お願いだから」


 搾り出すような声に胸が締め付けられる。


 悪い事なんて何もしてないのに……なんでこんな想いを。海斗は危険なロイドなんかじゃないのに。


 一体、誰が私や海斗の事を調べてるんだろう。どうして煌雅さんにまで影響が。煌雅さん……ロイドショップ……無機質な建物、思い出したのは中にいるあの人。


 まさか……。


「煌雅さんの点検って、ロイドショップだよね? 」

「うん」

「色々聞いてきたのは、いつもショップにいる人達? 」

「わかんない……いつもと違う奥の部屋に通されてついていったら、黒いスーツの人達が何人かいたの。でも顔は見てない、暗かったし……お面みたいなの着けていたから」


 凛とした眼差し、何もかも見透かされているような気がしたのは、私の事を……知っていたから。


「そっか……樹梨亜、迷惑かけちゃって本当にごめん。今はまだ何があったか、どうしても話せないの。でも大丈夫、もう煌雅さんや樹梨亜を困らせたりしない」


「遥……」


「大丈夫。私も、海斗も何も悪いことしてない。また今度、改めてちゃんと説明する。でもその前に、やらなきゃいけないことがあるから……」


 心細そうな、憔悴した表情に微笑みかける。いつも私を心配してくれる樹梨亜と夢瑠を、私は裏切ってしまった。


「何するつもり? 」

「とりあえず、樹梨は帰った方がいいよ。ここまでどうやって来たの? 」

「外で煌が待ってる」

「じゃあ、外まで一緒に行くね」


 いたわるように外に出て、ゆっくり歩くとすぐ近くで心配そうに待つ煌雅さんを見つける。


「身体、大事にしてね」

「遥……」


 きっと……これが最後。


 煌雅さんと寄り添い合う樹梨亜の背中を見送る。


「元気でね……」


 悲しさと寂しさと、言葉にならない気持ちが、樹梨亜と笑い合った時間が、涙にかわって溢れそうになる。


 家には戻らなかった。


 バスに乗り、あの人の元へ向かう。


 優しい人だと思っていた……ロイドを断ったのに、親身になってくれるいい人だと。


 でもそうじゃない、知っていて私にしつこくロイドを勧めた、タマの事も直す為じゃなく最初から調べる目的だった。


 窓の外には、懐かしい景色。


 ついこの間、家から歩いて来た道を逆に進んで近づいていく。


 どんな日も変わらずそこにあるのが当たり前だった、樹梨亜や夢瑠と歩いた道、お父さん、お母さん……みんな、みんな大好きだった。


 家が遠くなっていく。


 仕方ないのかもしれない。私は知っていて、それでも海斗を求めた。


 必要だった。


 生きて、帰って来られないかもしれない。


 バスはロイドショップに向かう。







「二人の様子は? 」

「何も喋りません。海斗は素直ですが、英嗣は威圧的で手を焼いています」

「そうですか」

「なぜ、笹山遥を連行しないのですか? 見逃すおつもりで? 」

「そのうち来ます」


 いつもの基地、今日は青々としたライトに照らされ、暗くはない。


 “水野さん、お客様です。笹山様という方がいらしています”


「ボス……」

「あなたも戻りなさい。全て、終わったのです」


 基地を出て地上へ向かう。英嗣に関わる全てを終わらせる為に。







「お久しぶりです、遥さん」


 いつものショップ、穏やかな微笑みが今日はお面のように見える。


「とうとうロイドをお迎えする気になっていただけましたか? 」

「いえ。私には既にパートナーがいます。私達の事をこそこそ調べ回っているのは、ここの方達ですね」


 一瞬で笑みが消えて凍る瞳。初めて見るお面の裏の真の姿。


「では、こちらではいけませんね。奥へお通しします」


 歩き出す足が恐怖ですくみそう。


「中へどうぞ」


 来たこともないショップの奥深く。光の届かない道、息を呑んで前へ一歩進む。

 

「えっ!! 」


 暗闇に真っ逆さまに落ちる感覚、腕と足にかせがはめられ、抵抗も虚しくあっという間に動きを封じられる。


「嫌っ、離して!! 」


 何が起きているのか暗くて見えない。


「罪を認めに来たのでしょう、往生際が悪いですよ」

「私は悪い事なんてしていません」

「ではなぜ、ここへ来たのです」

「あなたこそ、騙していあぁっっ……くっ……」


 全身に強い衝撃。電流が流されたみたいに痺れて心臓が、止まるかと思った。


「まさか、樹梨亜にもこんな事」

「樹梨亜さんは情報提供者ですから、こんな手荒な事はしません。ご自分の立場を、自覚されていないようですね」

「立場……」

「えぇ、友人や家族に背き、残酷な裏切りをしたのはあなたでしょう。草野海斗、その名を知らないとでも? 」

「もちろん知っています。海斗は、私の大切な人です」

「人ではありません。極めて危険で有害な、違法ロイドです」


 海斗の微笑みが浮かぶ。


 優しい声、髪を撫でてくれる手。あの日、投げやりになっていたつらそうな姿さえ、今も全部が愛おしい。


「海斗は危険なロイドなんかじゃありません。確かに……身体は機械で出来ているけど、心も感情もちゃんとあります。だから惹かれたんです。私は……覚悟の上で海斗といると決めました。どうなっても構いません。でも家族と友達には、危害を加えないでください、お願いします」


 情けない声が暗闇にこだまする。


「私があなたに聞きたいのは一つだけ。英嗣から海斗を譲り受けた理由についてです」

「英嗣……」

「草野英嗣、海斗の父親です」

「海斗の、お父さんから海斗を? 」

「えぇ、譲り受けた理由です」

「譲り受けたなんて、海斗は物じゃありません! 」

「ロイドです」

「ロイドじゃありません! 」

「極めて危険で有害な、軍事用ロイドです。あなたが何も知らないだけで」

「そんな……そんな事ありません!! 」

「利用、されたのですね。あなたも」

「私も……? そんな事、そんな事ありません! 」

「地位と名誉を手にする為、英嗣は違法ロイドである海斗を、その罪ごとあなたになすりつけようとした。あなた達の動きは全て捜査で明らかになっています。ただ一つを除いては」


 海斗が、お父さんと一緒に私を利用していたなんて……あり得ない。


 だって海斗はあんなに#辛__つら__#そうに。


「海斗は英嗣に操られ、実際にいくつかの犯罪に手を染めています。」

「海斗はお父さんに操られたりなんかしません。海斗のお父さんは、火をつけて海斗を……殺そうとしたんです。私も、利用するつもりなら首を絞めたりしないはずです」

「タマさんと煌雅についてはどう説明を? あなたが大切にしていたタマさんは海斗が発していた異常電波で壊れたのです。修復もできないほど、あんなにも無惨に。煌雅も……恐らくクリスマスの夜でしょう、各部位に不具合が。幸い、一晩で調整出来ましたが」

「そんな……」

「まだわかりませんか? 気づいていないだけで、海斗と出会ったが為にあなたの日常は壊れたのです。海斗とあなたの日常は、共存できません」


 海斗と……私の日常は共存出来ない。


 息苦しくて、身体に力が入らない。

痛いのか、痺れているのか……それすらわからない。


「あなたは草野海斗に、同情しただけです」


 同情……私達は、そんなことで繋がっていた訳じゃ……ない。


「同情なんかじゃ、ありません! 」


 最後の力を込めた叫び、でも声は暗闇に虚しく散っていく。


 どうして私は……こんなに弱いんだろう。何も守れなくて、助けられないまま……死んでいくなんて。



「忘れなさい」


 声が遠くから聞こえる。


「わす……れる? 」


 甘い匂い。


「全て忘れて、元の暮らしに戻るのです。あなたがあなたであった頃に」


 くらくらしてくる。


 瞼が重い……意識が……遠のいていく。


「笹山遥、次に目覚めた時、あなたは全て忘れています。ロイドに関する全てを」


 ロイド……。


「元の世界に戻りなさい」


 次の瞬間、私の意識は完全に途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る