第15話 夢瑠の誕生日
「夢瑠、誕生日おめでとう! 」
「おめでとう! 」
鳴り響くクラッカー、弾け飛ぶ光線が流れ星のように暗い部屋を輝かせ消えていく。
「きゃー! ありがとー! 」
子供みたいにはしゃぐ夢瑠がろうそくの火を吹き消すと、部屋が明るくなる。にぎやかに飾り付けられたリビングで、夢瑠のためのパーティーが始まった。
「夢瑠さん、おめでとうございます」
「おめでとう、はい、プレゼント」
「わぁ~い! ありがとう」
「夢瑠、ごきげんだね」
「うん! 」
「よかったね夢瑠、遥がペガサス乗って迎えに来てくれたんだもんね」
「うん、ずっと夢だったの~♡ 」
「もう、何度もそれ言わないでよ。恥ずかしかったんだから……」
隣に座る夢瑠、もっと疲れた姿を想像していたけど楽しそうで嬉しそうで、ほっとする。
「ハルちゃん、だ~いすき♡ 」
この笑顔を見られてよかった。腕にしがみついてくる夢瑠が妹みたいで可愛くて、ついよしよしと頭を撫でてしまう。
「私も準備がんばったのになぁ」
「樹梨ちゃんの唐揚げにも会いたかったよ~」
「いいですよ~だ、どうせ夢瑠は私じゃなくて唐揚げ目当てなんだから」
わかりやすくいじける樹梨亜に優しい眼差しを向ける煌雅さん。
「樹梨亜の頑張りは、私が一番知っていますから」
急によしよしと樹梨亜の頭を撫でると、樹梨亜の顔がみるみる赤くなっていく。
「ちょ、ちょっと煌、やめてってば」
「樹梨亜は可愛いですね」
「恥ずかしいってば……」
煌雅さんはやめるどころか、笑顔で樹梨亜を覗き込んで……こっちまで恥ずかしくなる。
「ハルちゃん、樹梨ちゃん湯気出ちゃってるね」
「ね、なんかキスとかしちゃいそう」
夢瑠と小声で囁き合う。いつもなら恥ずかしがって怒り出す樹梨亜が今日はされるがまま……煌雅さんとの距離は、さらに縮まっている気がする。
「すみません、今日の主役は夢瑠さんなのに。樹梨亜、続きはまた今度」
近いなと思っていた煌雅さんと樹梨亜の距離がもっと近づいて、樹梨亜のほっぺにさり気なくキス。
「あ~ぁ、樹梨ちゃん
夢瑠の言う通り、まるで頭からボンッと噴火したみたいに樹梨亜は真っ赤。固まったまま、動く気配もない。
「お~い、樹梨ちゃん。大丈夫? 」
「お~い、キスぐらい照れることじゃないでしょ。夫婦なんだから」
「え……キス……!? 」
呟いた樹梨亜は我に返ると、急いでキッチンに逃げていってしまった。
「煌雅さん、樹梨亜の反応見て喜んでない? 」
「いえ、樹梨亜はいつも可愛いのでつい……すみません、ちょっと待っててください」
キッチンに向かう煌雅さんの背中が、なぜか海斗に重なる。
笑顔だけを覚えておくはずだった、それなのに浮かんでくるのは最後の悲しそうな顔だけ。
怒らせた。
せっかくもらった連絡先も衝動的に捨てて……私は再会を台無しにしてしまった。
「幸せ、なのかな……二人でいるって」
「ハルちゃん……? 」
あの時、海斗の背中に刺さった物が今、私に刺さっているみたいで苦しい。
「ごめんね、さっきの……忘れてくれる? 」
キッチンからひょっこり顔を出す樹梨亜は、まだ恥ずかしそう。
「いいよ、早く食べよ」
「そうだよ、樹梨ちゃん。ご飯冷めちゃうよ」
みんなで囲む食卓に、まだ恥ずかしそうな樹梨亜も煌雅さんも笑顔。私も、今は笑っていなきゃ。
「樹梨亜、ラザニア美味しい!! 」
「樹梨ちゃん! 何これ美味しい! 」
「樹梨亜の料理はとっても美味しいんですね。喜んでもらえてよかったね」
まるで自分が褒められたように喜ぶ煌雅さんと、微笑み合って嬉しそうな樹梨亜。幸せそうな二人……私にもいつか、こんなふうに誰かと微笑み合う日が、やって来るのかな。
海斗にこれからがあるように、私にもこれからがあって……無理にでも進んでしまえばきっと忘れられる、のかもしれない。
辛い心情とは裏腹に、賑やかな夜を過ごす遥。一方の海斗もまた、思いのほか賑やかな夜を過ごしていた。
「どうしたのよ、さっきから浮かない顔して溜め息ばっかり。せっかく海斗の歓迎会やってあげてるのに」
「すみません……」
賑やかな店内、町外れの料亭で酒を飲んで騒ぐ大人達。その中で一人、海斗だけが周りに合わせることもなく、グラスを片手に溜め息をついている。
「レモン……」
「え? レモン? 食べたいの? 」
海斗は、話しかけて来た葵のグラスにレモンを見つけて、遥を思い浮かべた。
「なに、もしかして恋の悩みとか? 」
「恋……? 」
海斗は記憶を失くしてから初めて“恋”という単語を耳にした。
「気になる女でもいるのかって事! もう、そんな事まで忘れちゃうの? 」
酒に強いのか、葵は全く酔っていなさそうだ。
「遥……記憶を失くす前に、知り合った女性がいたんです。その人の事だけは憶えていて、どうしても忘れられなくて……」
押し寄せる感情にまとまらない言葉。海斗は胸にこみ上げる感情の正体がわからない。言い終えると、グラスの中身をぐっと飲み干した。
「なぁんだ、狙ってたのに彼女いるんだ」
「でももう二度と会えないんだ……」
「だったら忘れて私と付き合う? 」
海斗は葵の言葉に苛立ちを覚えた。握るグラスは氷だけがカラカラと鳴る。
「嫌なんでしょ、だったら答え出てるじゃない、バカ海斗」
なぜ罵られるのかわからない。酔いが回ってきたのか熱くなる頭、葵が席を立つのがわかった。
「おい、主役~! 飲んでるか? 女たらし込んでないでこっちに来い」
紅茶好きの校長も今日は手に焼酎を持って大騒ぎしている。絡まれるように連れて行かれた海斗は、アルコールが苦手だという事も知らずに飲まされ続けた。
狂乱の夜、男も女もないどんちゃん騒ぎの中で、海斗の心だけは遥の名を呼び続けている。
そして夜は更けていく。
遥達はリビングに敷いたウォーターベッドの上で枕投げを終えて、疲れた身体を横たえていた。
見つめる天井に浮かぶのは、仲睦まじい樹梨亜と煌雅。
今までとは違う、心の隅にすきま風が吹くような寂しさを感じた。樹梨亜を遠い存在に感じるからか、それとも……羨ましいと、思っているのか。
「まだ、起きてる? 」
右隣から樹梨亜の声。
「うん……」
「よかった」
それだけ言って、黙る樹梨亜に遥の方から話し掛ける。
「樹梨亜が幸せそうで……よかった」
「うん……幸せ」
声だけで幸せに満ち溢れているのがわかる。
「結婚したら……幸せになれるのかな」
遥から出た問いに、樹梨亜はそっと微笑む。お互い天井を見つめたまま、表情を確認することはないけれど、樹梨亜は優しく呟くように答える。
「誰より信じられて、自分を理解してくれてる……ずっとどこかに感じてた寂しさを、煌雅が埋めてくれたの」
「そっか……」
「ロイドだから……かもしれないけどね」
「ロイドだから? 」
「うん……ロイドだから裏切らない安心感があるの。自分が得するために嘘ついたりもしないしね」
ロイドだからこその安心感……遥は暗闇で何を思うのか黙ってしまう。
「仕事して自由な暮らしも良かったけど……結婚して家庭を持つ暮らしも、いいと思うよ」
樹梨亜はおやすみと言って眠ってしまった。
幸せ……結婚……暗闇の中、一人考える遥。私にもそんなことを考える時期が来たのかもしれない。
“生涯、俺に服従すると誓うのなら許してやる”
もちろん、そんな相手との間に幸せは待っていない。断り、関係を断つために仕事も辞めた。
私を従わせようとした社長は、暴行容疑で指名手配され逃げているらしい。
ロイドだからこその安心感。
初めて樹梨亜の言葉が腑に落ちた気がする。
社長も、理玖も……人間だから思惑があって、相手を自分の思い通りにしたくなる。
私が好きだった人は、いつも優しく微笑んでくれたあの人はロイドだから……狙いがあって私に近づいた、だとしても、私を自分の思い通りにしようとはしなかった。
心地よさそうに眠る樹梨亜と夢瑠に挟まれて、私だけいつまでも眠れなかった。
翌朝、早くに帰らないといけない夢瑠を見送って解散した。寝不足でぼんやりする頭、早く帰って寝ないと痛みに変わる……それなのにバスに乗ってある場所に向かう。
早朝の公園は静かで、朝露の匂い。
「ロイドショップ、行ってみようかな」
別れ際、樹梨亜に言った事をまだ迷いながら歩いて、あの場所へと辿り着いた。
石段を上がる足をふと止めた。
誰か……いる。
引き返そうとしたその時、その人も私に気付いて振り向いた。
「え……」
言葉が見つからない、身体が動いてくれない。その人は、固まる私に一歩ずつ近付いてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます