第43話 消えた遥


 翌朝早く、一人で駅にやってきた。


 海斗から全てを聞いて居ても立っても居られなくなった私は、あの人に会いに行こうとしている。


 手掛かりは会見場になっていたホテルだけ。今更行っても会えるとは限らない、もうどこか他の国に……逃げているかもしれない。


 不安と緊張でつかえる胸を抑えながら、ホームに降りる。


 無事に……帰って来られないかもしれない。


 でも逃げるわけにはいかなかった。







 その数時間後、遥がいない事に気付いた海斗は慌てて図書館にいる夢瑠の元に駆け込んだ。


「夢瑠ちゃん!! 」

「カイ君!? どうしたの、こんな朝早くから」

「遥が……遥がいないんだ。早く止めないととんでもないことに!! 」

「いないって、お家じゃないの? 」

「迎えに行ったけど家にいなくて……頼れるの夢瑠ちゃんだけなんだ」

「わかったから、ちょっとこっちに……」


 俺のせいで遥に何かあったら、そう思うと居ても立っても居られない。夢瑠ちゃんが案内してくれる間さえ時間に急かされている気がする。


「何があったの? 」

「とにかく遥に連絡してすぐ帰るよう言ってほしい、お願い……今はそれしか言えないんだ」

「わかった……連絡してみるね」


 夢瑠ちゃんは何も聞かずに連絡してくれた。でも、何度かけても遥は出ない。


「カイ君と約束してるなら、ハルちゃん帰ってきてくれるんじゃないかなぁ」


 あいつは遥が思う程まともな奴じゃない、会ってしまえば命はない。遥が帰ってきたくても……帰って来られないかもしれない。


「カイ君? 」

「あいつの……いや、新型ロイドのニュースは見た? 」

「新型ロイド……? 」

「ごめんね、仕事中に。やっぱり自力で探してみるよ」


 遥の友達にまで迷惑を掛けるわけにはいかない。戸惑いの表情に謝り立ち上がる。


 どこにいる、遥……心がなくても感じられるだろうか。手掛かりがなくても遥のいる所に行かなければ、今すぐに。


「プレシャスリーズホテル! 」


 後ろから声が聞こえて振り返る。


「会見、そんな名前のホテルでしてた」


 プレシャスリーズ……夢瑠ちゃんが思い出してくれたその場所に、きっと遥はいるはずだ。


「ありがとう、必ず……連れて帰る」


 夢瑠ちゃんと別れ、遥がいるはずのホテルを目指す。あいつがそこに居ない事を祈って。



 海斗のため英嗣に会いに行った遥、それに気づき車で追い掛ける海斗、動き出す二人を追う捜査員は一人もいない。



「何故こんな事を」

「成功したのだからいいだろう。丸山のいない反対派など怖くない、壊滅も時間の問題だな」

「考えが浅すぎます。こちらから全面戦争を仕掛けたも同然……すぐに攻め入られ、こちらが痛手を負うのは目に見えています。長い戦になれば一般市民にまで被害が」

「それがどうした」


 英嗣の作ったロイドで反対派襲撃に成功した羽島は水野を鼻で笑う。


「人間などいらん。これからは選ばれし者だけが生き残り、ロイドを従え権力を握る時代がやってくるのだ、どれだけ死のうが構わない」

「やはり、英嗣をそそのかしたのはあなたでしたか」

「そそのかしたんじゃない、利用しただけだ」

「違法ロイドを取り締まる存在が、違法な軍事用ロイドを量産するなど……血迷ったことを」


 水野の言葉にはがねのような力がこもる。決して怒鳴る訳ではないその言葉は重く怒りに満ちている。


 水野は銃を構えると羽島に向け躊躇なく放つ。弾は無駄に空間を突き抜け、羽島の先……壁に穴を開けた。


「実体ではない、残念だったなぁ……俺を殺しに来たのに」


 羽島は消え、声だけが水野を嘲笑う。


 一人になった彼女の、背中が揺れる。


「大変です!! 反対派が武装して押し寄せてきました。既に地下通路から」


 水野の眼差しが鋭く変わる。


「全捜査員招集! 通路を塞ぎなさい」

「総帥はどちらに? ボスでない方の命令は聞けません」

「やりなさい、死にたくないのならね」


 髪を一つに束ねると胸を掴んで白いシャツを引きちぎる。深紅のキャットスーツ、真の姿を現した彼女は草野海斗の闇に潜む真の闘いに身を投じた。




 それぞれの願いは実らぬまま日は陰り、やがて夜が近づいてくる。


 行く宛もなく、ロビーの隅で佇む遥は時折時間を確認しながら、自分の愚かさを心の底から悔いていた。



 昼頃、ホテルに着いてからずっと探し歩いていた。突き抜けるほど高い天井、まばゆい光を放つ照明、どれも自分には場違いに思えて、早く帰りたくなる。


 足が痛くなるほど歩いてもあの人には出逢えず、宿泊者検索でも該当者はなかった。


 もう……ここにいないのかもしれない。


 側にあるアンティークの時計が17時を知らせる。


 私と同じ、ここにあるもう一つの場違いな物……この時代に時計なんて誰も見ていないのに、止まらず動いている。


 私も同じ、海斗の為なんて息巻いて出てきたけれど、何一つ収穫もないまま帰るしかない。


 悔しくて虚しい気持ちを抱えて立ち上がる。


「いつまでいる気だ」


 諦めようとした時、後ろから声が聞こえた。一度聞いたら忘れない、あの低くて不気味な声。振り返ると探し求めていたあの人。


「話があって来ました」


 上ずる声を抑えながら話す。


「帰れ、取材や講演で忙しい」

「帰りません! 」

「子供の相手をしている暇はない」

「ならここで話します。大きな声で、海斗の秘密を」


 人が増えてきたロビー、彼が時の人だと噂しながら通り過ぎる声が不都合だからか、腹立たしそうに舌打ちをする。


「付いてこい」


 迷いなんてなかった、真実を知りたい。


 一緒にエレベーターに乗り、連れてこられたのは地下駐車場。


「どうしてこんな所にいるんですか」

「会見を見たから来たのだろう」

「海斗は」

「車に乗るまで喋るな。誰が聞いているかわからん」


 ピシャリと私の言葉を止めた後も、その人は無言で歩き続ける。


 いったいどんな神経をしてるんだろう……海斗は家も今までの暮らしも全て無くしたのに、自分だけ平然と暮らしているだなんて。


「後ろに乗れ」


 言われた通り後部座席に座るとその人も運転席に座り、エンジンをかけた。


「運転されるんですね」

「当たり前だ。自動運転車など昔はない」


 車は動き出して、さっきまで歩いていたガレージを進んでいく。


「海斗は」

「何度もその名を言うな。草野海斗は死んだ。自宅で火災に巻き込まれてな」

「火災の原因はあなたですか」

「だったらなんだ」

「だったらって……どうしてそんなこと出来るんですか? 海斗はあなたの息子で、大事な存在じゃないんですか? 」

「息子ではない。あれは俺の作り出したサイボーグだ。俺の技術と発想力の賜物で、最高の研究対象だった」

「だったらなんで……」

「もう必要ない」


 やっと返ってきたのはあまりに簡潔で残酷すぎる答え。


「“BR”の開発者として歴史に名を残す人間が違法なロイド研究をして欠陥品を世に出していたとなったらまずい。今後、障害となりそうなことは早目に潰しておかないとな」


 欠陥品……障害……あまりに残酷すぎる言葉に言葉が出ない。それなのに追い討ちをかけるように出てくる言葉。


「誰かのせいで壊れたときに頑丈に改良し過ぎたからな。燃やすしかなかったが、研究資料も一気に処分することができて好都合だった……全て終わったことだ」


 終わってなんか、いない。


「海斗は、ちゃんと生きています」

「草野海斗は死んだ。既に死亡届けも受理されている。言っていることが分かるか。お前の目の前にいるとしたら、それは草野海斗ではない。ただ野放しにされた違法ロイドだ」

「そんなこと。本人が生きていると名乗り出ればいいんでしょう? 」

「名乗り出てみろ。身体を調べられた時点で終わりだ」

「でも……でも、あなたも無傷じゃ済まない。家族を捨てるなんて、そんな非道なことをして自分だけ救われようなんて……」

「ガキだな」

「は? 」

「今の俺は大きな力を得た。国家を牛耳る事ができる程の組織力だ。多少のことは簡単に揉み消せる」


 まさか、本当に自分で家に火をつけて燃やすなんて……たった一人の家族を殺してまで、自分だけ栄光を手に入れようとしているなんて。


 信じられない。


 呆然とする私を凝視する眼。


「今ここでお前を殺したとしてもな」

「え……」

「踏み込みすぎたな、笹山遥」


 信号待ちで止まる車、その人はゆっくりと黒い手袋をはめた。







 二人が接触し、遥が危機の真っ只中にいる頃、海斗はやっと都内に入った。


 走り回ってホテルを探し、駅へと移動する。人混みの中、遥を探し歩いた海斗は、なんの手掛かりも見つからない事に疲れたのか、やがて途方に暮れたように隅に寄って座り込んだ。



「遥……」


 最終に乗るならもう駅に着いていないといけないのに姿が見えない。それとももう、帰ったのか。


 眺める先に大きなカプセル。


「ロイド判別機……か」


 あれに入れば俺は捕まる。以前、タマの事を調べた時に知った……違法ロイドという存在。


 今まで普通に生きてきたはず、それなのに遥やその友達、父親だと思っていてあいつとさえ……違っていた、自分は。


 違法ロイド。


 存在そのものが違法で、見つかれば関わった人間まで全て、罰せられる。


「あの時……燃えていればよかったな」


 これ以上関われば遥が罰せられてしまう。でも生きていれば……会いたいと思ってしまう。


 遥に会ったら……無事を確認したら消える。


 消えるしか、死ぬしか道はないように思える。もう後戻りも進む事も出来ない。


 ぼんやりと、目の辺りが熱くなる。


「はる……か……? 」


 カプセルの向こうから、ふらふらと歩いてくる……華奢な……。


「遥!! 」


 叫んでいた。


 周りの目なんて気にもせず駆けて、遥を抱きしめる。


「海斗……」

「遥、どうしてこんな事……何で一人で行ったりしたんだ」

「海斗……ごめんね」


 胸の中で小さく呟く声を、もう二度と離さないようにもう一度強く抱きしめた。

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