第48話 巨兵の目覚め

「し…知ってるんだ私の事」

「勿論だとも。大地の中からずっと見守っていた…ああ、別に守ってはないか。アハハ」


 名前を言い当てられて驚くフォルト対し、ガロステルは自分が遥か昔からこの地を知っていると告げる。そして腕を組んで自分を見つめているサラザールの方に向かって、久しぶりに立つ地の感触を確かめるためにゆっくり踏みしめて歩いていった。


「お前のは…<バハムート>だな。名前は ?」


 そして只ならぬ彼女の気配から、彼女が人ならざる存在であるとすぐに確信する。


「ご名答。サラザールでいい。初めて会った気がしないわね」


 サラザールも否定する事無く応答する。立場は違えど、同じ化身という存在である事を両者は本能的に察知していた。


「突然で不躾だろうが、押し比べしていいか ?」

「いいよ」


 そして突然力比べを始めた。理由は本人たちでさえ分からない。単純な興味と闘争本能による衝動の中、互いの両手を掴み合って手四つ状態のまま、地面が割れてしまうのではという程の勢いと膂力がぶつかり、サラザールからはパキパキという乾いた骨の折れる音が、そしてガロステルの両腕には亀裂が入り出した。


「よしよし、分かった分かった。この辺にしとこう。互いに無事じゃ済まなそうだ」


 笑いながらガロステルは音を上げ、両手を離してから彼女を見上げた。背丈で言えば一回り程は違う様に見える。


「まさかダイヤモンドの硬さを遥かに上回る俺の腕にヒビを入れるとは…まあ治せるが」

「そのまま砕けてしまえば良かったのに。そんな事よりアレ、どうにかしてもらえる ?」


 美しく透き通っている自慢の腕に入った亀裂を見ながらガロステルは言う。一方で骨の具合を確かめ、何食わぬ顔で折れた指を力づくで戻したサラザールはルーファンの事をどうにかして欲しいと頼んだ。


「おっと、すっかり忘れてた。まあ大丈夫だよ。そろそろ解放される」


 ガロステルがそう言った直後、ルーファンの体を覆い尽くしていた鉱石や結晶が次々と崩れ落ちていく。まるで脱皮でもしてるかのようにボロボロと剥げていき、それらが辺りに散らばり終わってからルーファンが膝から崩れ落ちた。


「大丈夫!?」

「しっかりするんだ !」


 フォルトとジョナサンが駆け寄り、体を支えながら呼びかける。先程味わった苦痛に関する記憶がまだ残っているのか、ルーファンは手や体を震わせていた。時折、口から血と共に口内に残っていた石の残骸を吐き出すと、何とか立ち上がってガロステルとサラザールの方へ目をやる。


「け…化身だな…?」

「その通り。おっと、俺を恨むのは筋違いだぞ。<ガイア>が勝手にやった。ただ揶揄いたかったのさ」


 だいぶ落ち着いてきたルーファンが尋ねると、ガロステルは頷きつつ悪気があったわけでは無いと弁明を始める。


「気まぐれな悪戯にしては度が過ぎているわね」

「仮にも<幻神>を収める器ともあろう奴が、情けない醜態晒すようなら全力で拒否するつもりだったんだろう。殺されなかった辺り許されたんだな。それこそ、小便か大便でも漏らそうもんならきっと…ふふ…」

「趣味が悪いわね<ガイア>は」

「こっちに言わせれば<バハムート>は温すぎる。闇と支配を司っている存在だってのに、随分とアッサリ受け入れたんだな」


 互いが仕えている<幻神>について語り合う二人だが、けっして険悪というわけでは無い。場末の酔っ払い同士が自分の拘りについて語り合っているような、そんな他愛も無い間の抜けた会話だった。


「さて…こんな事してる場合じゃないか。かなりいるんだろう ? 敵は」


 どうやら飽きたらしく唐突に話を切り上げ、ガロステルがルーファン達に尋ねる。


「大群だ」

「だろうな。民やこの集落の存亡も危ういそうな…で、どうする ? 暴れたいんなら丁度良かった」

「手伝ってくれるか」

「ああ。だが、手伝うというよりは力を貸してやると言った所…あくまで戦うのはお前だ。化身との合体はやった事があるか ?」

「ああ」


 助けを求めるルーファンだが、ガロステルはある提案をた。化身との合体をルーファンが経験済みだと分かり、サラザールの方へ確認を取るかのように視線を送る。そして彼女も無言で頷いたのを見てからガロステルはルーファンに近づき、肩を掴んで背中を向けさせる。


「俺がお前の肉体を吸収し始めたら、頭の中に呪文が浮かぶ筈だ。それを唱えればいい。サラザールとやった時と同じ…かなり痛いが覚悟しとけ」

「……いつでもいい」


 ガロステルの説明の後、先程までの痛みにおびえていた姿が消え失せたルーファンが合図をする。なんだ、中々肝の座った奴じゃないか。少し嬉しそうに笑みを浮かべたガロステルはそう思った。やがて彼の胸元を中心に細かく亀裂が入り、花弁の様に胴体が開いた。臓器ではなく深紅の宝石がギッシリ詰まっており、それら全てが鋭利な形状をしている。やがて剣山の様な宝石の群れの一部が鋭い棘となって伸びていき、勢いよくルーファンの背中を貫いた。


「ガッ…‼」


 ルーファンが呻いた直後には、花弁の様に開いていたガロステルの胴体が変形し、ルーファンの体を飲み込もうとするかのように纏わりついていった。骨が砕け、宝石の剣山の中へと押し込まれていく中、確かにルーファンの頭の中で呪文が響き渡り始める。


大地を司りし精霊とまぐわう者ラスア・ディクド・スピル・フュジィ・ソナ

荘厳たる剛力を纏いグレスプ・レグス・ドウェマ

災いの前に立ちはだかる戦士とならんザスディ・ロト・リアオール・ラビ


 その言葉を最後に、ルーファンとガロステルは地中から舞い上がった砂と岩石の茨によって姿が見えなくなっていく。辺りが揺れ、岩石が彼らの方へと向かって飛来し、洞窟が崩落をするのではないかという危機が迫っていた。そんな最中であろうとフォルトとジョナサンはサラザールの後ろに隠れ、危険な好奇心と共に様子を窺い続けようとする。やがて地響きと共に、得体の知れない巨躯が動き始めた。

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