第44話 その庇護は誰がために
集落にいた戦士達は間もなく酋長と彼女の部下に呼び出され、守りに徹する者と交戦に備える者、そして子供や年寄りの避難の誘導と護衛を行う者とで分けられた。キタマの一派が密会に使っていたという場所は、敵の出現を警戒して岩石によって塞がれてしまい、営倉にいるキタマ達は全裸にされた上で見張りを付けた。内通者を利用した奇襲を避けるためである。
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集落の外側に配置された者達は、集落に背を向けて呪文を唱える。そして静かに地表の砂へ手を沈めていった。呪文を繰り返し続ける内に大地が揺れ始め、やがてせり上がる様にして岩盤が現れる。遠くから見れば花弁の様に無数の岩盤が集落を包んでおり、やがてそれらは軟体動物の触手の様に動く。そして蕾のような形となって集落全体を包み込んでしまった。
集落の内部では、突然の出来事が把握できないでいる子供や年寄りが戦士達に誘導されて地下へと連れ込まれていった。建物の上部には上からの襲撃を仕掛けられるように待機する獣人がおり、その傍らではスアリウスから派遣されていた人間の兵士たちが銃器の手入れをしつつ巻き込まれてしまった事に難色を示している。
兵士とは言っても、彼らだって戦いに赴くことを望んでいたわけでは無い。ただ兵士になれば食いっぱぐれる事が無いからと惰性で仕事を選んだに過ぎなかった。にも拘らず、うだる様な暑さに四六時中苦しめられる田舎へと放り込まれ、挙句の果てに先住民たちの一存で戦いに参加をする羽目になってしまったのである。喜べる筈もなかった。
義務として仕方なくはやれる。だが、好んで戦いにのめり込める者などいる筈がない。いるとすれば勝利による略奪を楽しみにしている鬼畜か、殺戮のために己の全てを捧げられる狂人に違いない。精神が軟弱だからではない。自分達のそういった考えは間違ってない。自分達はまともなんだと必死に言い聞かせながら、兵士たちは最後に発砲したのはいつかも覚えていない銃を握り締めていた。
そんな糞の役にも立たなそうなスアリウスの兵士を余所に、集落の獣人達は地上や屋根の上で厳粛な面持ちで待機をする。
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その一言を皮切りに、獣人達は砂の中から現れる鉱石や岩を操って体に纏わせていく。砕かれ、張り付いていく際に再構築されていったそれらは鎧の如く変化して獣人達の体へと装備された。理由はどうあれ、故郷に危機が迫っているのならば戦わない理由などない。半ば無理やりではあるが、愛郷心に火をつけて彼らは沸々と戦への欲求を高めていく。その危機を招いたのが他ならぬ同胞であるという事実への怒りを、今はただ敵にぶつけるしかなかった。
――――集落が岩盤で作られた特大の円蓋によって覆われるのを、ルーファン達は<聖地>へと繋がる山の中腹で見ていた。
「あんな芸当も出来るのか…⁉」
崖の際に立ったまま、ルーファンは驚いていた。
「体力も使うし、かなりの練度が必要だけどね……皆、本気なんだよ」
フォルトは不安げな顔でそう言うと、ルーファンの肩を叩いて先へ進むべきだと催促する。その後ろでは息を切らしながらジョナサンがやって来てたが、その後ろでもどかしそうにしていたサラザールが彼を担ぎ出す。
「アンタ何で来たわけ ?」
「だって…こっちの方が安全そうだし」
サラザールが少し苛立ちながら尋ねると、これまた利己的な理由をジョナサンは伝える。この貧弱な自称インテリ野郎を崖下に突き落としてやりたいと思ったが、そうすればルーファンが必死に止めると思い、舌打ちをしてからそのままサラザールは歩き出す。
急勾配なだけでなく、まともに整備もされてないその山を一同は必死に進んでいった。時にはよじ登り、時には剣山のような鋭い岩が突き立っている谷を飛び越えていく。魔法を駆使しながら進むルーファンや、文字通りサラザールへおんぶにだっこなジョナサンとは対照的に、フォルトは息を切らしている様子さえなかった。身軽に移動していくその様は、彼女にとってこの場所が絶好の遊び場だった事を意味している。
「流石は獣人と言ったところか。ずいぶん慣れてるんだな」
小一時間程経った頃、彼女を追いかけていたルーファンが言った。
「まあね。この山を一人で上り下りできるようになって一人前になれる。今じゃすっかり余裕。まあ、本来なら私が次の<依代>になってたわけだし、結構修業も頑張ってた。結局嫌になって逃げ出しちゃったんだけど…だから、姉さんが代わりに」
最初こそ得意げだったフォルトだが、自分が<依代>としての役目を継承するはずだったという事を語り出すと、気が重そうに言葉を躊躇いだす。
「何が嫌だったんだ ?」
「ここでは必ず、候補者同士で次の<依代>を決める勝負をするんだ。この山の頂上と麓を往復して、早く辿り着いた方が勝ちって決まり。でも私、<依代>になる気が失せちゃってさ…一生この場所に束縛されて、ただ皆に魔力を分け与えるだけの、補給係みたいな人生が怖くなった。おまけに政治とかもそんなに詳しいわけじゃないし。だから皆がいない所で、子供の頃みたいに駄々をこねてたら…姉さんがわざと負けろって。自分に任せて、いつか時期が来たらあなたは自由に生きていけって言われた」
「黙って負ければよかったんじゃないか ?」
「出来なかったよ。昔から「どんなことも手は抜くな」って教わってたし。もしかしたら、「馬鹿なことは考えるな」って怒ってほしかったのかもしれない。そこで止めてもらえれば、じゃあ<依代>になるしかないって踏ん切りもついたのにさ…いっつも厳しい癖に、姉さんってそういう時だけ味方してくれるんだよね」
フォルトは過去に責任から逃れようとした己の弱さと勝手さを自嘲する。そんな彼女を肯定するわけでもなく、ましてや酷い行いだと糾弾するわけでもなく、ルーファンは黙ったまま聞いていた。一つの社会をまとめ上げる地位、それを継承する責任の重さを知らない自分が批判をする道理は無いと思った。それだけである。
「…あそこ !」
その矢先、気を取り直したようにフォルトは叫んだ。見ればゴツゴツとした岩場の先に、長く続いている階段が用意されている。その果てには、重厚な鋼の扉によって入り口を塞がれた<聖地>があった。
「急がないとな。酋長達が危ない」
「大丈夫だよ。姉さんは強いし、皆だってそんなヤワじゃない」
ルーファンとフォルトは言葉を交わしつつ、サラザール達と共に息を切らしながらも入口へと近づいていく。そして残りは数十段を残すのみとなった直後、それは起きた。
「ん ?」
風が強く吹き出した。遠くを見ると、砂塵の中から巨大な影が現れ出す。忘れるわけがない。パージット王国の空を覆っていた巨大な飛行船。それが次々と現れていた。
「何…あれ…」
フォルトが呆然としていた時、自分たちが見ている反対側の方角からも飛行船が近づいている事にルーファンは気づく。そして飛行船のハッチが開き、ワイバーンに跨ったリミグロン兵が次々と降下を始め、そのうちの一人が自分達に銃を向けていた。狙撃が来る。
「伏せろ !」
ルーファンが叫び、フォルトを押し倒した直後に光弾が正面の岩場に命中する。あのまま突っ立ていれば自分の頭が弾け飛んでいたに違いない。岩場の残骸を見たフォルトは悟り、思わず身震いをした。
「大隊長へ報告。内通者の情報通りに<聖地>と思わしき地点を発見。そして、最優先抹殺対象である”鴉”を確認。指示を求む」
ワイバーンに乗っていた兵士たちの内、リーダー格らしい兵士が連絡を入れ始める。そんな彼らが迫りくる中、ルーファンはすぐに立ち上がって剣を抜いた。
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