第28話 急ぎ足

 奇異の目に晒される中、スティーブンは全員に仕事へ戻るように指示を出す。そして自身の机の方にルーファン達を案内した。一度は作業に戻るふりをしていた社員達だが、やはり気になるのかコッソリと聞き耳を立てようとする。


「話自体は聞いていたが、驚いたな…俺よりも年下か…」


 思っていた人物像と違ったのか、席に座ったスティーブンは物珍しそうにルーファンを眺めながら言った。


「てっきりもっと厳つい男を想像していた。さて…どういった話から入るべきだ ? 君の素性や過去か ? それとも、今こうしてこの国に現れた理由についてか ?」

「望む方からで構わない」

「そうか。よし…まず名前から教えてもらおう。君と…そこにいるお嬢さんのね」

「ルーファン・ディルクロだ。それと、彼女はサラザール。名字は尋ねないでやってくれ。色々と理由がある」


 スティーブンの望むままにルーファンは情報を渡す。ひとまずは協力的な姿勢を見せておいた方が今後の活動においても有利だと判断はしたが、サラザールが自身とどのような関係なのかや彼女の正体についてはひとまず誤魔化す事にした。幻神については下手に公にすればリミグロンにも情報が漏れてしまう可能性があったからである。


「よし…簡潔な形でも構わない。君がなぜそこまでしてリミグロン殺しを続けているのか、経緯を聞かせてほしい」


 そんなスティーブンに対し、ルーファンは淡々と自身の過去に起きた出来事を語り出す。自身とその体内に宿っているらしい幻神にまつわる秘密以外の、パージット王国で起きた惨劇について暴露をした。始めこそ興味津々に耳を傾けていたスティーブンやレイヴンズ・アイ社の社員達だったが、次第に顔が曇り、何を言うわけでもなく俯き始めた。リミグロンが行った仕打ちは、彼らの想像を絶するものだったらしい。


「奴らを止めたい。そして裏で糸を引いている人間を引き摺り出して、然るべき報いを受けさせてやりたい…これで良いか ?」


 ルーファンは言い終えてから一息をつく。記憶を思い起こす度に怒りが湧き上がってしまうせいか、気が付けば拳を握っていた。


「しかし…何か思い当たる節があるのか ? リミグロンが…その…別の誰かの指示によって操られていると ?」


 スティーブンはルーファンへ尋ねる。


「明確な証拠や確信がある訳じゃない。だが、以前に俺を襲ったオニマという男は”自分を殺した所で何も変わらない”と言っていた。どんな意味にも取れるかもしれないが…これまで戦ってきた奴らの兵力から考える限り、恐らく自分の代わりはいくらでもいると言いたかったのかもしれない」


 ルーファンはオニマの遺言について推察し、そこからリミグロンの規模がかなり大きなものであると述べた。


「つまり、君が何をしようとリミグロンにとっては致命傷にすらなってないと ? 替えが利くだけの人材がいるから ?」

「恐らく。そしてそれだけの兵を動かすのなら甚大な資源や金が動く筈だ。誰かが協力をしている可能性も考えられる」

「確かに…ほんの十年前までは一介の過激派に属する宗教団体に過ぎなかったリミグロン。それが突然あれだけ武装や兵力を手に入れられたのはおかしい。そうなれば大きな力が彼らを後押ししている可能性は高い。問題はもしそうだとして、それが誰なのかだ」


 ジョナサンはルーファンの情報を確認した上で、リミグロンにはどうも不可解な点がある事を指摘する。そのやり取りを聞いていたスティーブンは不意に思い出した様にハッとしてから二人を見た。


「クロと断定はできないが…怪しいという点では一つあるぞ」


 スティーブンの発言を聞いたルーファンは、興味を示した様に彼へ顔を向ける。


「どういう事だ ?」

「ついこの間、”六霊の集いセス・コミグレ”…まあ聖地の保有国同士の会合があったんだ。そっちで話された内容についてもおいおい記事にするつもりだが…パージット王国とは別に、その会合に出席していなかった国があったよ。聖地の保有国である以上、出席するよう取り決めをしている筈なんだがな」

「…国の名前は ?」

「シーエンティナ帝国。かつては農耕で栄えていたそうだが、ある時を境に国土全体を巨大な外壁で囲い、人口や経済状況を始めとした全ての情報を非公開化…そして外界との接触を拒むようになった国だ。この大陸の最西端にある。不思議な事に、彼らがそのような体制を整え出した頃だ。リミグロンの動きが活発化し出したのは…なんてな。これじゃあ出来の悪い陰謀論になってしまうか」


 ルーファンに対してスティーブンはある国家の存在を知らせる。確かに決定的な証拠がない以上はどうしようもないが、彼らが絡んでいないと言い切るにしても不審な点が多いと、話を聞いた誰もが思っていた。


「いずれにせよ女王陛下との接見ではその辺りについても触れた方が良いかもしれんな」

「ちょっと待って…女王 ?」

「ああ。三日後に接見をして貰えるように段取りを進めようかと計画していた所だ。もし、嫌じゃなければだが」


 女王陛下との接見という想定すらしていなかった計画があると聞かされ、サラザールは驚いていたがスティーブンはそれが至極当然の流れであるかのように説明をして来た。ルーファンも流石に段取りが急ぎ過ぎではないかと心配になる。


「そんな簡単に出来るものなのか ?」


 スアリウスの政治体制がどの様なものかは分からないが、王族である以上はそう簡単に接触など出来ない筈である。ルーファンは疑問を率直にぶつけてみた。


「スティーブンは元々国会で議員をやっていたんだ。社会的弱者への救済の必要性をこの国で最初に提言した政治家として結構有名だったんだぞ ? 政界や王族にもツテがある」

「おい、その辺で良いだろ…自慢話みたいになっちまう。とにかく、その気があるならいつでも知らせてくれ。これからどう行動するかは決まってないだろうが、議会や陛下のお墨付きが貰えれば今度の活動の幅も広がる筈だ。もっとも…機嫌を損ねなければの話だが。まあウチの国は”鴉”に関して肯定的な態度を示している連中が多い。さっき話してくれた事情も伝えれば、きっと君の行いに理解を示してくれるはずだ」


 そんな彼の心配を払拭すべく、ジョナサンが話に割って入った。説明がされる間、少々照れくさそうにスティーブンは笑っていたが、話を戻した上で接見がルーファンの活動にとって悪い物ではない事だろうと力説する。ルーファンにとってはリミグロンを滅ぼせるのなら何でもいい。迷う迄も無かった。


「分かった、接見をさせて欲しい。だが、その前に一つ頼みがある…パージット王国の難民がこの国にいると聞いたんだ。彼らにも会いたい」

「ああ、分かってるさ。外に出よう。彼らが住んでいる地区へ案内する。ちょうど街の紹介もしたかったしな」


 ルーファンからの頼みにもスティーブンは快く応じ、そのまま肩を叩いてから外へと連れ出そうとする。仕事をほっぽりだして意気揚々と歩いて行くスティーブンを見たルーファン達は、そのまま彼の後へと続いて行った。

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