第5話 尋ね

 ――――現在


 切断された双剣の破片を手に、オニマは荒くなり始めていた自身の呼吸を落ち着ける。そして再びルドルマンを睨んだ。


「その男はどこにいる?」

「わ、分かりません…街にいる事は確かですが…」


 オニマに詰め寄られたルドルマンは、怯えながら詳細については知らないと告げる。何にせよ事を急がねば自分の身柄さえもが危うい。オニマは現時点で自分が用意出来る戦力がどの程度なのかを思い返すが、やはり心許なかった。そして助力を仰ぐべきかと考えていた矢先、ルドルマンが物欲しそうな態度でこちらを窺っている。


「チッ、分かった…報酬だ。受け取れ…さっさと消えろ」


 投げつける様にして報酬を渡すと、ルドルマンは床に散らばった硬貨や宝石を必死に集めた。


「で、では失礼…」


 ルドルマンは必死に頭を下げ、兵士達が作り出した楕円状の光へと入っていく。くぐった先には再び地下墓地が待ち構えていた。御機嫌ようとでも言っておこうと振り向くが、兵士達は何かを唱えながら光の中へ入る。そしてその詠唱を最後に光が消え、静けさと暗闇だけが残った。至る所に置かれている溶けかかった蝋燭の灯りを頼りに地面や段差などへ注意を払いつつ、ルドルマンは入り口まで戻る。そして誰にも見られてないことを確認してから袋の中に入れていた報酬を改めて拝見した。


「あんな思わせぶりな態度だった癖にこの程度か…しけてやがる」

「つまり、大層な情報をくれてやったわけね」


 ルドルマンが愚痴を漏らしていた直後、背後から声が聞こえた。嫌な予感がすると振り向いた先には、地下墓地の入り口に備えられている石造りの屋根の上でサラザールが座ってこちらを見ている。


「お、お前は確か…奴が言っていた―――」

「御託は良い。たった今まで誰に会っていたのか答えて。そっちからの質問は受け付けない」


 ルドルマンがオニマから知らされていた情報から彼女の名を言い当てようとするが、それを遮ってサラザールが尋問を始める。膝を組みながら座っている彼女は確かに優雅だったが、明らかにこちらに対して好意を持ってはいなかった。


「…ヒィッ!」


 ルドルマンは小さく悲鳴を上げ、背を向けて走り出す。あの冷酷な気迫で質問された以上、この場で何かしらの仕打ちを受ける事は確実である。それならば望みは薄いが逃げ切れる可能性に賭けるしかない。そんな思いが一瞬頭をよぎった頃には、勝手に体が動いてた。彼女に背を向けて走り出し、待たせている御者の元へ向かうために墓地を出ようとする。


 もう少しで墓地の入り口だと安堵しかけた瞬間、近くに生えていた木から彼女は現れた。突然の不意打ちにルドルマンは対処できず、彼女に捕まえられると首を絞められながら木へと何度も叩きつけられる。


「彼ほどでは無いけど、あなた程度ならどうとでも出来る」


 サラザールは顔を限界まで近づけてルドルマンに囁きかける。そしてしなやかな指先を動かして彼の頭を鷲掴みにした。


「生きたまま頭蓋骨を割られた事はある?」


 彼女の脅しが聞こえた直後には皮膚が締め付けられ、頭部の内側に鈍痛が走る。悲鳴を上げるルドルマンを無視し、サラザールの握力はさらに強まった。


「これが最後。誰と会ってた?」

「話す!…話すから…ああああああ‼」


 人間業ではない怪力だったが、サラザールはこれといって疲弊している様子を見せもせずに再び尋ねて来た。とにかく苦しみから逃れたい一心でルドルマンは口を開き、ひとまず応じる事にしたのかサラザールはそのまま彼を泥まみれの地面へ放る。


「オニマという男だ!…ハァ…ハァ…リミグロンの一員らしい。人探しをしてるって言うんで、闘技場にいたルーファンとかいう剣士について話したんだよ!」


 顔についた泥をぬぐい、四つん這いになりながらもルドルマンは答える。よく見れば泣いているだけでなく失禁していた。


「どこまで話した?」

「魔法を使っていたのと、ひとまずこの街にいるって事だけ…!ホントだ。それ以外は何も喋ってない!」


 詳細を問い詰める彼女を前に、必死な様子で頭を腕で覆いながらルドルマンは吐露する。嘘はついていないのかもしれないが、まさかこんな所でオニマという名を聞くことになったのは想定外である。


「まあいいか…教えてくれてどうも。それじゃ」


 彼女はルドルマンを皮肉っぽく褒める。そして彼の頬を軽く叩き、早足で歩き去っていく。腰が抜けたばかりか、ズボンを尿にまみれてしまったルドルマンは動く事も考える事もせず、ただひたすら呆然と立ち去る影を見送っていた。




 ────その頃、ルーファンは食事でもしたいと街の中央へ出歩き、周囲に並んでいる店を眺めていた。


「やはり難しいか…」


 人の出入りや往来がそれなりにある場所とはいえ、自分の希望通りの店はなかなか見つけられない。仕方なく近くで談笑していた婦人たちに一番大きい酒場や食事処が無いかと尋ね、彼女達が教えてくれた店のドアを開ける。木製の内装は柱の位置もあってか、少々狭苦しさも感じるが多くの人々がテーブルを囲んでいる。階段も見える上に、そこを行き来する者達もいる事から二階にも席があるらしかった。


「おい、確かアイツは…」

「間違いねえぜ。闘技場の…」

「おいせっかくだ。あんだけ息巻いてたんだから決闘を申し込んでみろよ」

「馬鹿言え。殺されちまう!」


 どうやら闘技場での一件はかなり広まっていたらしく、一部のテーブルに着いていた野蛮そうな猛者たちが口々に話をしていた。気まずさを背中で感じながらルーファンがカウンターへ近づくと、怖気づいた先客が少し身を避けた。


「いらっしゃい。注文は?」


 酷くやつれた顔をしている酒場の主人が尋ねる。酷いガラガラ声であり、こちらを見る目も不機嫌そうな様子だった。


「注文もだが頼みがある。個室を用意してもらえないか?」

「…金持ちごっこがしたいんなら他所でやりな。とっとと出てけ」


 ルーファンが要望を伝えるや否や、主人は顔をしかめながら悪態をつき始めた。何かマズい事をしてしまったかとルーファンは自分の言動を疑う。


「どうしても無理か?必要だというなら対価も払う」

「ほう、金持ちだこと。さぞかし稼いでるんだろうなあ…どっちにせよ俺の知った事じゃねえ。帰れ」


 主人は吐き捨てる様に言いながら作業を続ける。どうも嫌われてしまっているようだとルーファンは諦めて出て行こうとしたが、背後から足音とやけにハキハキした女性の声が聞こえだした。


「兄さん、部屋なら空いてるんだから使わせてやれば良いでしょ…って、あら」


 女性は主人に向かって怒っていたが、ルーファンの後姿を見るや否や怒りを忘れて驚愕しながら指をさす。


「あ~…そういう事」


 何かを悟ったのか、呆れを垣間見せながら女性はしたり顔を見せる。


「フン、この野郎が勝ちやがったせいでとんだ大損だ」


 成程、闘技場にいたのか。ルーファンは少しづつ理由を把握していった。おおよそ今日の試合で自分に賭けなかったせいで、有り金を全部使ってしまったのだろう。


「彼に罪はないでしょ?互いに条件を呑んだうえでやった試合なんだから。寧ろ不利だったはず。そんなに文句言うなら、何でほんの少しでも彼に賭けとかなかったのよ?」

「あんな自殺志願じみた条件の中で、勝てると予想出来た奴が何人いる?とにかく俺はこいつが嫌いだ。一度に三人もぶっ殺した殺人鬼の癖に優男ぶりやがって。こういう野郎が一番鼻につく」

「何が殺人鬼よ。普段は散々楽しんでるくせに一丁前に倫理を語れると思ってるの?優男の件に至ってはただの嫉妬じゃない。そんなみみっちい性格だから女も出来ないのよ」

「こいつ、兄貴に向かって何て言い草だ!」

「何度だろうが言ってやりもますとも童貞!彼女無し!」


 とうとうルーファンをそっちのけにして騒ぎ始めた二人に、周囲の客は笑いながら視線を送る。また始まったぞと野次を飛ばして喧騒を煽り立てようとする酔っ払いまでいた。楽器を手にして演奏をしていた放浪芸人たちも、演奏を中断してカウンターで起きている騒動を覗いている。


「帰った方が良さそうだな。騒がせて悪かった」


 ここまで揉め事になった以上、気まずさが残ってしまって寛げやしない。ルーファンは市場に向かおうと一言残してから立ち去ろうとした。


「…ねえ待って!上の階に部屋があるの。扉が並んでいる通路の奥から二番目。そこに入って」

「サニー!お前、また勝手に…」

「お客様は神様よ。父さんの教えを忘れたの?ああ、気にしないで行って。メニューも置いてあるから、注文が決まったら壁に付いている紐を引っ張って頂戴」


 勝手な事をするなと怒る酒場の主人を牽制しつつ、女性はルーファンを歓迎してから二階へ向かうように促した。周囲からの奇異の目に晒され、カウンターでこちらを睨んでいる主人と目を合わせずにルーファンは階段を上がる。階段を上っている最中に「金が欲しければ続けろ」と急かされたのか、放浪芸人たちは演奏を再開していた。

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