感想と差異(三)

 息を呑む志藤と永瀬。そして二人の様子を見て青田は笑みを浮かべた。

「――という態ですよ、もちろん。その証拠にこのゲームでは俺から挑ませて貰います」

「う、嘘か。変にビックリさせるなよ」

 志藤が安堵のため息をつく。一方で永瀬は首を捻っていた。

「青田さん、先ほどから『ゲーム』と仰っていますが……」

「そうです。あの『不自然な死』を出現させるためにはゲームを用いるしかないだろう、と俺は考えたんです。もっともそれだけでは説明出来ない部分がある。まず藤田さんは何故ゲームに同意したのか? そして何故、潔く毒を飲んだのか。通常の手段ではゲームを用いたとしても『不自然な死』を出現させることは出来ません」

 青田がいきなり説明を開始した。

「まず毒を使ってのゲームですが、これに藤田さんが同意した理由。これは恐らく金でしょう。死ぬ直前にやたらに金遣いが激しくなっています。つまり犯人から相応の見せ金を掴まされた――この辺りの説明がしっくりきますね。それにどうも藤田さんは挑発に乗せられ易い人物でもあったようだ。少なくとも深夜にこの場所にやって来る程には」

「ああ、そうだろうな」

 志藤が青田の推理に賛意を示した。永瀬もまた頷く。

 青田は二人の反応に頷きながら注射器の押し子を順番に押していく。そうすると必然的に注射器の中の「何かしら」がペットボトルの中に拡散していった。暗い中でははっきりしないが液体の中に濃度が違うものが入れられように見える。

「青田……毒じゃないんだよな?」

「水ですよ。片方は」

「おい、ちょっと待て」

「それでですね。こちら側が水でも何でも良いんですが無害な液体。そして、そちら半分には毒が入れられた……という態です」

 言いながら青田はペットボトルに突き刺さった注射器を取り除いていった。「こちら」とはつまり青田の前の四本。「そちら」とは永瀬の前の四本だ。

「さすがにあのままだと飲みにくいですからね。いや、開けにくいかな? そしてこれが注射器の数を揃えた理由ですよ。無害でも有害でも『穴が開いている』という公平性が無いといけませんから。穴が開いてるボトルが毒入り、なんてことがわかるようではゲームになりません――もっともこの暗さでは必要無かったかも知れませんが」

 青田は肩をすくめ抜いた注射器をまとめる。置き場所に迷ったようだが、結局は同じ箱の上に置くしか無かったようだ。その不手際を誤魔化すように青田は説明を続けた。

「さて、これにて第一段階は終わりました。恐らく先輩は『そんな大袈裟なことしなくても良いだろう』ぐらいは考えているかと思われますが」

「考えてるぞ」

「……らしいので、補足説明を行います。この装置は場に緊張感をもたらすためです」

「緊張感?」

 永瀬がオウム返しに尋ねると青田は軽く頷いて、さらに説明を続けた。

「この時の藤田さんの様子を想像してみてください。犯人と接触した。旨い儲け話か何か吹き込まれたのでしょう。そして実際、支度金なりなんなりの名目で現金を手にしている。それにこの段階で旨い儲け話――つまり、このゲームの内容も知らされていると俺は考えている」

「そうだ。そのゲームって結局何をするんだ? ここに来て出し惜しみは……」

「今日は実地検証ですからね。ちゃんとやりますよ。つまり――こうです」

 青田の手が、並べられたペットボトルの上に伸ばされた。左手は永瀬の前の四本の内の一本に。青田側から見て右から数えて二つ目だ。そして右手は自分の前に並ぶ四本の内の一本に。こちらもまた右から二つ目。つまりは「二つ目」に直線上に並ぶ二本をチョイスしたわけで、こだわりがあるようには見えない――作為があるようにも見えない。

 その二本をつまみ上げた青田はそれぞれの場所を入れ替えて、もう一度ボトルを並べた。

「一目瞭然ですから、本来なら改めての説明は必要ないんでしょう。ですが念のため。先ほどの仮定に従うなら俺の目の前の四本の内の一本は毒入り。そちらは四本の内三本は毒入り。そういう状態でお互いに飲み干していく。もちろんシャッフルした上でですよ。そして生き残った者は用意した現金総取り……一億ぐらいがキリが良いでしょうね。かさばりますし」

「つまり藤田さんは四分の一で生き残り一億を手にする。片方……犯人は四分の三で死に至る?」

「先輩。四分の一になったのはこの実地検証だからですよ。実際にはもっと確率は極端になったと推測されます。恐らく使用されたのはアンプルだと思いますし――」

「ああ、そうか」

「――別に、こんな台の上に広げる必要性もない」

 アンプルとなれば当たり前に、今並んでいるペットボトルよりも小さくなる。それに並べる場所も、もっと広くすることが出来るとなれば……

「……分母が大きくなるわけか」

 志藤が半ば呆然としている様な面持ちで、そう結論づけた。そして青田がその結論にさらに言葉を添える。

「先輩、なかなか洒落た表現の仕方ですね。単純に藤田さんが毒を手に取る確率は十分の一。一方で犯人は十分の九は毒だった、という理解で良いと思います。しかし『分母が大きい』という方が文学的なんですかね? ――ねぇ、永瀬さん」

「ああ……はい。そうですね。その辺りは改めて打ち合わせを。志藤さんにおまかせしたい所ではありますが、ちょっとわかりにくいかも」

「それよりも、これで……」

 志藤の眉根が寄った。

「これで、この状態で、犯人はどう細工をして、その確率を突破したんだ? いや別に確率使う必要は無いよな。細工があるんだから。確証があったからこそ――」

「運です」

 志藤を突き放すように青田は告げた。決して言ってはならない――そう思い込んでいた、その言葉を。だからこそ、その青田の発言に対して当たり前に志藤は反駁する。

「――運? 運だって?」

「他の方法が見当たらないんですよ。伝統的な消去法によって導き出されたのは『犯人は自らの幸運を盲目的に狂信し、このような死を引き起こした』――これが唯一の殺人方法」

 志藤の絶叫もどこ吹く風、青田はむしろ開き直ったようにさらにこう続けた。

「そう言えば、藤田さんがハマっていたゲームの名は『気ままにカーバンクル』でしたね。カーバンクルと言えば、そう幸運の象徴――なんとも皮肉的です」

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