理解の果て(一)

 志藤は引き続き「気ままにカーバンクル」をプレイしていた。イダ熊にあれこれとレクチャーを受けた事によって、随分と取っつきやすくなったことが、まず一因だろう。「気ままにカーバンクル」は志藤の考えるソシャゲとは、少し違いがあった。簡単に言えばそれはプレイヤーの分身たるキャラクターが一定では無い、という点に絞られる。

 舞台はお決まりの中世ヨーロッパ風。登場キャラクターは、王、王妃、姫、騎士、冒険者、魔導師、錬金術師、盗賊、海賊、商人、傭兵、etc.……定番と言えば定番なのだろうがストーリーモードでは、それぞれのキャラクターごとにストーリーがあり、しかもそれぞれのストーリーが絡み合っている凝った造りだ。

 プレイヤーはそれらのキャラクターの内、一人を選んでランキング戦に挑むわけだが、各キャラクターごとにはもちろん特性差がある。ストーリーを進めて行けばその差が埋まって行く事になるわけだが、それも絶対では無い。クイズは単純に回答すれば良いものばかりではなく、それぞれギミックが仕込まれているわけで、それに対応したキャラクターを選んでいれば、それだけ有利になる。こうなると無理ゲーと思えるのだが「カーバンクル」が現れてしまえば、それは容易くひっくり返ってしまうわけで、一概に無理ゲーとも言い難い仕様だ。

 また「カーバンクル」の助けがあれば、他のキャラクターの育成も容易になる可能性があり――志藤はそういった絡繰りを理解するにつれ「これは射幸心を煽ると言われるかも知れない」と、その点で危惧を覚えた。「カーバンクル」さえ出現すればなんとかなる、とプレイヤーに思わせ、スタミナに課金させ出現可能性を高める――単純にプレイ時間が長ければ出現するチャンスも増えるという単純な理屈だが、それだけに真理でもあった。

 一方、ストーリーモードでも「カーバンクル」はなかなか匂わせぶりに描かれる。まるで出現パターンがあるかのように。イダ熊が、それこそ「匂わせ」で調教法などと銘打ってブログ運営しているのも、こういった事情があるからこそなのだろう。

 そのイダ熊がメインで使用するキャラクターは「クランベリー」という名の姫。特性は攻撃力増強。最終的に行き着くキャラクターなのでは? というのが志藤の評価だ。濃紺の髪に金色の瞳。真っ白なドレスという出で立ちで広告の際にはメインで描かれるキャラクターでもある。アイドルで言うならばセンターポジションに当たるのだろう。

 一方でカチアン先生――藤田のメインキャラクターは「ジシュカ」という名前の海賊だ。特性はスタミナ。志藤は無課金ユーザーであれば、選んでしまうことが多くなるだろうなと納得していた。ただ金髪で頭髪を縦に半分刈り上げるというビジュアルにはキャラクターの描き分けに問題があるのかと疑ってしまう、というのが本音だ。しかしスマホの画面でプレイするとなるとこれぐらい思い切ったデザインも必要かも知れないと考え直す。


「志藤さん! こっちですよ」

 「気ままにカーバンクル」に夢中になって、スマホの画面に集中しすぎていた志藤に声が掛けられた。ここは綾瀬駅前。時刻は午後一時付近といった所だろう。日曜日でもある。今から永瀬に車を出して貰って、藤田の家を訪れる予定なのだ。

 永瀬が運転席から身を乗り出して志藤に呼びかけているのはトヨタの4WD。ナイトブルーの車体で尚且つごつい。志藤は何回か乗り込んだことがあるが何よりもまず乗り込むのが大変という印象がある。もちろんそんな不満を口にすることは無い。実際乗ってしまえば快適と言うほかは無いのであるから。

 今日も永瀬に促されるままに助手席に乗り込む。そしてシートベルトを――今日の永瀬はオーカーのブランドコーチジャケット。気温が下がってきたから、では無くて単純に着道楽なのだろう。そういう志藤は、と改めて説明するまでもない。いつものジャケット姿である。今回は故人の家にお邪魔する形になるので、他に選択のしようが無かったのである。

 志藤は気を取り直して永瀬に尋ねた。

「どこでしたっけ?」

「さいたま市ですね。大城戸さんから連絡して貰ってますし……それ以上は当たって砕けろ、ですね」

「それは大丈夫でしょう。しっかりアポも取れていることですし」

「その点は間違いないんですけどね……志藤さんがスマホでゲームって珍しいですね」

 ハンドルを操りながら、今度は永瀬が尋ねてくる。そこで志藤は先日のイダ熊との接触と、その時の「感触」を説明した。あの説明しがたい「間」については見送る形で。永瀬に伝えてしまうと、どうにも先走りしそうな気がするからだ――ネットでしか接触できない相手に、どのように暴走するのか想像出来ない所にも空恐ろしさを感じる。

「なるほど、それは重要な情報になりそうな気もしますね。ただ志藤さん」

 永瀬が、ハンドルを握った横顔を緊張させて志藤に呼びかけてきた。それにつられて志藤も姿勢を正して応じる。

「はい。なんでしょう?」

「ミイラ取りがミイラにならないでくださいよ? なんというかさっきの駅前での志藤さんの姿は……」

 そう言われて、志藤は思わず身体を縮めてしまった。

「はい……肝に銘じます」

 そして、こんな風に殊勝に応じておく。もっとも志藤は永瀬の忠告を有り難いとも感じていた。さらに永瀬は思った以上に頼りになるのではいかと――そう俯瞰していた。

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