第11話 虚言の暴竜 灰竜セラピス

「娘よ。助かったぞ。他の村人達にも、後でしっかり御礼はする」

「親切なお嬢さん、有難う。いつか都へご招待します」

ヒーヒーの背に乗った皇帝と皇妃は、金貨5枚をアイに手渡した。

「ヒーヒー、隣の町までお願い。気を付けるのよ」

「ヒーヒー」と機嫌の良い時の鳴き声を挙げて、ヒーヒーは空高く飛び立った。その後に護衛を乗せたヒッポグリフが付いていく。身軽なヒーヒーと違い、騎乗者と自身が鎧を付けている為に、ヒーヒーと並んで飛ぶ事ができないのだ。

「お嬢さん、近衛兵団を代表して、お礼を申し上げます。エリクサーまで頂けて、助かりました。少ないですがお受け取りください」

 「国の一大事です、お役に立てて光栄です」

 こちらも金貨だ。20枚と言ったところだ。本当に少ないと内心思いつつ、作り笑顔でアイは言った。

 森で戦いがあった起こった時、アイは、家に残っていたエリクサーをヒーヒーに担がせてすぐに出発した。商機を感じたからだ。怪我人なら高くても薬を買うに違いない。

 予感は的中して、期待は外れた。思ったよりも、皇帝は金を持っていない。正確には自分で自分の財布は持たない雲の上の人だった。そして、財布を持たせた召使とは、ここに来る途中ではぐれてしまい、財布を持ったまま森の中を逃げ回っているらしい。その為、手持ちのわずかばかりの御礼しか貰えなかった。とはいえ、皇帝自らに金貨を手渡して貰えたのは、名誉なこと。嬉しくはあった。

 だが近衛兵の態度には、少々、頭に来ていた。エリクサーを見るや否や。値段も聞かずに、勝手に持っていくのだ。エリクサーは全部で50瓶。1瓶につき金貨1枚で売り付けようと思っていたが、勝手に値段まで決めている。一応、定価よりは高く買い取ってくれたようだが、もっと感謝して欲しかった。アイも危険を承知でやってきたのだ。

 しかしながら、金貨100枚分くらいの御礼は送ってきてくれるだろう。アイは後の御礼を期待していた。後日、とんでもない御礼が送られてくる事をアイはこの時、知らない。

 「いたぞ! 近衛兵団だ!」

 「お嬢さん、あの方々は?」

 「リーマの、いえ、マリー様の護衛部隊の自警団員です」

 「村の民兵団ですね。村にも火の手が上がっていましたし、敵がいるなら我々にお任せください」

 先頭を走っていたバーナードが整列の合図をする。たどたどしいが、立ち止まり、一斉に敬礼をする。

 「近衛兵様、今、村は危険な状態です。ヴォルフ・アブラモフ・セラピスとその弟子が敵側にいます。若者2人が村、いえ、陛下と国の為に戦っています。どうか援軍を、せめて数人でも兵士をお借りしたい。1人は、私の息子、もう1人は息子の友人の騎士様です。どうか頼みます」

 「リーマとメギィさんが! あっでもあそこにいた」

 アイの指の先には、リーマとメギィがいた。手を振りながら、リーマが叫ぶ。

 「メギィさんが重傷! アイ、エリクサー持っていない?」

 アイは自分用に取っておいた最後の一本を手に取り、駆け寄る。目から涙を流していた。

 「これで治してあげる。村の為に有難う、リーマ、メギィさん」

 「リーマ、よく無事で帰ってきてくれた。さすがは俺の息子…母さん、たくさん褒めてやってくれ」

 「本当に凄い子を神様は、私達に送ってくれましたね。お父さん」

 これで危機は去った。後はもう村の問題ではない。

 皆が胸を撫で下ろした瞬間。獣の呻き声が聞こえてきたヒッポグリフの声だ。

 空の向こうで、灰色のドラゴンとヒッポグリフに乗った騎士が戦っていた。

 「野生の飛竜か! こんな時に、なんで!」

 「皇帝が、皇妃様がまずい。今、飛べるヒッポグリフ、飛竜をみんな連れて来い! 怪我をしていても構わん! 墜落しても良い!」

 近衛兵が騎乗してきた魔物達は怪我をしていて、人を乗せて安全に飛べるものがいなかった。

「来い、アルバート!」

リーマは思い切り叫んだ。

「俺だ! お前を育てたロアだ!」

森の奥から黒い影が飛んできた。アジア象ほどの背丈を持つグリフォンの大型種、アルバートだ。アルバートは声の主を見て、困惑した。

「俺の事が分かるか、思い出してくれ! 俺がまだ小さかったお前を拾った時の事、俺はその時の姿をしている! 俺はロア・ダンガロアだ!」

アルバートは言葉をしゃべれない。だが、リーマには分かった。目の前に降り立ったアルバートに乗り、リーマは飛び立つ。

「セラピス、覚悟しろよ」


 セラピスが村から飛び立ってすぐの事だった。2匹のヒッポグリフが自分とは逆の方向に飛んでいくではないか。遠くからでも、金色に輝く王冠に気づいたセラピスの心変わりは早かった。

 騎士は、騎馬用の短槍で何度も突撃を繰り返した。鎧で重量が増している為、一度、攻撃に失敗してからの切り替えしが難しい。だが、勢いを付けねば、人間の腕力で竜の体に決定打を与えるのは難しい。肌に傷はつけられても、厚い皮膚の内側へまでは、攻撃が届かない。その上、頼みのカービン銃は、撃ち尽してしまっている。

  せめて、カール・ヘリオス・クーの力の半分があればと自分の非力さを嘆く。それと同時に竜をも倒した英雄だって、最初は恐ろしかったはずだ。今の自分にだって、やってやれないはずはないと自分を鼓舞させ更なると突撃を相棒に命じた。

この突如、現れた灰色の竜は兎に角、奇妙だった。軍用の飛竜より大きく、古竜と呼ばれる首の短い大型竜とも特徴が違っているのだ。

 「魔法だと…」

 灰色の竜は、口からではなく、指から炎の渦を出して見せた。相棒の反応は素早く、炎を避けてくれた。

 「助かったぜ、相棒」

逃げ腰になっては、万に一つの勝ち目もない。騎士は、後方の皇帝と皇妃を見て覚悟した。この竜をここで始末すると。

  騎士は、ヒッポグリフに突如、更なる上昇を命じた。身軽な竜を目の前にして、それは自分を不利にする無謀ともいえる行為だ。だが竜は追って来ない。距離を取られても、攻撃手段があるからでもあったが、この竜の反応速度は通常個体よりも遅い。そこに気づき、それが唯一、付け入る隙だと、騎士は見抜いていたのだった。

そして、竜に目掛けて槍を投げつけた。槍は竜の腹に命中したが、その皮膚に大した傷は与えられない。だが、そんな事は分かっていた。剣を抜いた騎士は、ヒッポグリフから飛び降り、竜の頭部に剣を振り下ろした。このまま頭部を突き刺せば、竜と相打ちになれる。悪くても、重傷を負った竜は逃げだすはずだ。父や母、恋人や友人達の顔が思い浮かんでは消えていく。

 体が宙に浮かんでいた。刃はわずかに届かなかった。

 「さらばだ、勇敢な騎士よ」

 竜の炎が騎士の体を包み込んで、炭へと変えてしまった。

 「お前も死ね」

 主を失ったヒッポグリフは、なおも飛びかかるも、騎士と同じく炎に焼かれて死んでしまった。勇ましい若者だが、仕えるべき君主を誤ったのだとセラピスは同情した。

 「あんなに遠くに行ってしまわれたか、だが、儂には背負う者がいない。簡単に追いつけるだろう。強き帝王ヘリオガバルス陛下、もうじきあなたが天下を取り戻せます。このセラピスの手で」

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