追放魔術師の子は何度でも転生する
みあ
第0話 魔術師ロア・ダンガロア最後の冒険
嫉妬の神アドナイが起こした大洪水から200年余り、人類は滅びず、アドナイへの復讐戦争が続いていた。
「『竜に乗る時は、しっかり掴れ、だが目を瞑るな』、そう教えてくれたのはロア兄さん、あなただ。下を見てみろよ。良い眺めだぜ」
「カール、俺が教えたのは飛竜の乗り方だ。お前の相棒、ゲヘナは全てが規格外の古竜の生き残りだ。それに下には雲しかないだろう。ソニービーンの宮殿が見えたら、教えてくれ」
カールは遠眼鏡を覗きこむ。ソニービーンの住む山頂はまだ見えない。
アドナイは、洪水後の人類を滅ぼす為に狂暴な亜人を創造した。人よりも強靭な体を持つ代わりに、亜人は知性を持たない。彼らを指揮するには、人間が必要だった。アドナイより『亜人王の指輪』を授かりし、6人の裏切り者。その1人、ソニービーンは、天使の力を借りて軍勢が登れない山頂に宮殿を建造していた。
「おっ、山頂が見えた。いい加減に目を開けろ、兄さん」
「あれが宮殿? 粗末な山小屋をただ大きくしただけじゃないか」
ロアはうっすらだが、目を開けて言った。
「飛び降りる準備だ、兄さん。一気に斬り込むぞ」
「まあ、あの規模なら敵兵もろくにいない。斬りこめば勝てるか、うん? 飛び降りる?」
「なあに、兄さんならいけるさ」
カールはロアの背中を押す。ロアは叫び声を飲み込み、魔術で落下速度を緩めた。後から飛び降りたカールが先に着地して剣を抜き、扉を蹴破った。
「うっ」
パンとワインの粗末な朝食を取っていた亜人王ソニービーンは、前触れのない宿敵の来訪にパンを喉に詰まらせた。
彼が玉座の左右に侍らす絶世の美女は金髪の天使だ。上半身をさらけ出した天使達は、主が命令するよりも先に、カールに飛びかかる。その爪は、鉄で出来ていた。
カールの剣、一振りで、2体の天使は首を斬り落とされた。赤い油の血が床に広がる。
「ゴブリン!」
暖炉の前で舟をこいでいた鉄皮のゴブリンは、その声で目を覚まし、斧を片手にカールに襲い掛かろうとした。だが、暖炉の火が巨大な炎の拳となり、ゴブリンを握りしめて、たちまち焼死させてしまった。
「カール、弟も連れて来たのか? 2対1ならこのアダムに勝てるとでも?」
「俺の方が兄だ、ソニービーン」
「私の事は、アダムと呼ぶが良い、神より授かりし名だ。童顔の魔術師ロアよ」
ある魔法の副作用でロアは8歳年下のカールの弟によく間違われた。
「顔中がアバタだらけの梅毒王から若いですねと言われても、別に嬉しくないな。ところでその付け鼻似合って良いぞ」
アダムは、梅毒に崩れた顔に強いコンプレックスを抱いていた。全身を震わせて、怒りを露わにする。
アダムの指輪から眩い光が生じ、アダムの体を包んでいく。光が消えた時、黄金の鎧で顔まで覆われた鎧の魔人が現れた。目のある箇所には、エメナルド色の宝玉が嵌められていて、そこから外が覗けるようだった。右腕の手甲と一体化した剣をロアに対して向けると。
「ロアよ。弟よりも先に逝け」
そう言い終わった後に跳び、ロアに斬りかかった。勢いで玉座が壊れた。ロアは掌を向けた。何かの魔法を使う気だ、鎧の中で嘲笑うアダム。アダムの鎧には、あらゆる魔法と武器が通じない。
ロアの掌から生じた水流が地に足が付いていないアダムを噴き飛ばし、床に叩き付けた。鎧に傷は付かなかった。
「お前の鎧など近づかせねば怖くない」
「噂通りの悪賢さよ。カールの強さとはまた違った厄介さ。強敵だとは認めてやろう」
バリバリと木の床が抜けた。重い鎧を叩きつけられて、脆くなっていたからだが、そこからアダムは、滑ってうまく這い上がれない。水が油へと変化していた。水の変化魔法は、ロアの十八番だった。以前にもアダムが率いたアイアンオーガの軍勢を強酸性の雨で壊滅状態に追いやった事があった。
「邪教の卑劣漢が! 卑怯者が!」
「兄さん、随分と言われているぞ」
「頑丈な鎧で守られているテメエにだけは言われとうない!」
カールはやっと這い上がれそうなアダムの顔面を思い切り斬りつけた。やはり鎧に傷は付かない。やむなく床に剣撃を加えて、もう一度、アダムを床下に落とした。アダムは、床に半身が埋まったまま右手の剣を振り回すも、カールは足でその右腕を押さえつけた。腕力には自信があったアダムだが、カールの怪力に腕を動かす事ができない。左手でカールの足を叩くもビクともしない。
左手をロアに掴まれた。
「離せ、卑怯者!」
「離してやるよ、これが取れたなら、な」
アダムのひじ打ちで腹を抱えてうずくまるロアの手の中には「亜人王の指輪」が握られていた。
たちまちアダムの全身の鎧は崩れ落ち、右腕の剣からも輝きが消えた。
「神よ、この悪魔の子らから、我を御救いください!」
「阿呆! 梅毒うつされて、子孫を残せない貴様など、アドナイだって、とうに見捨てたわい」
ロアが金槌でアダムを殴りつけた。肘鉄のお返しだった。
「お前の妻イブは俺の弟子、ソルが殺した。リリスはお前の元を去った。アドナイに選ばれた選民は既に滅んだ」
「俺にはまだ4人の子が」
アダムは首を刎ねられた。だがこれは終わりではない。外ではゲヘナが危険を知らせる羽ばたきの合図を出していた。
「この嫌な気配、やっぱりあいつらがいるぞ。アダムの何倍も強いアンケル隊だ」
指輪を潰し終えたロアが言った。
外では古竜ゲヘナが火炎を吐いて、猛禽の翼を持つ天使達を追い払っていた。炎に焼かれた何体かの天使は、油の臭いと共に山の麓へ落ちていった。
「ゲヘナ、よく頑張ってくれた。俺達にも手伝わせてくれ」
カールは、剣を抜いて何もない空間を剣で斬った。『遠当ての魔法』だ。魔力で作られた不可視の刃が天使の翼を斬り落とし、雲の下へ墜落させた。
ロアは掌から水を広範囲に打ち上げた。天使達は何事かと一瞬、空中で止まるもそれがただの水と分かると2人と1頭へ片手に再び飛んできた。
天使達は、バタバタと地に落ちていく。顔は無残にも爛れ、翼は羽根が抜け落ちて、血で赤く染まっていた。
「また例のあれか…兄さん」
「強めの硫酸に水を変えてやった。触ると火傷するから気を付けろよ、ゲヘナも」
遠くを飛ぶ天使達はまだ10体はいる。カールは、その内の何体かが、おかしな物を持っている事に気づいた。
「まずい、砲だ! あいつら大砲を持ってやがる! ゲヘナ、撃ち落とせ!」
さすがのカールもこれには驚いた。天使の武器と言えば、槍か弓と決まっていたからだ。
「おいおい、天使が下界の武器を使うな」
ロアの文句を人間を敵視する天使が聞くわけがない。ゲヘナの山頂から麓まで届く炎をかいくぐりながら、鷹の天使が砲の射程内まで近づく事に成功し、大砲を発射してきた。
「兄さん、ゲヘナの後ろに隠れろ!」
ロアの目は飛んでくる砲弾を捉えている。
「これはいけるぞ、カール」
ロアが指を鳴らすと、砲弾の向きが曲がり、天使2体の頭を潰した後に爆発した。爆発に巻き込まれた4体の天使が空から落ちていく。
「ふう、矢を魔法ではね返すのと同じ方法を試してみた。いけるものだな。これで厄介なアンケルも全部やっつけられたかな」
「ああ、全滅だ。ゲヘナもそう言っている。さすが兄さんは凄い」
「正攻法で戦えば、お前の方が10倍強いよ、カール。ソニービーンもアンケルもゲヘナとお前だけで倒せたはずだ」
カールが少し間を置いて言う。
「そうかもしれない。だが俺も結婚して、もうすぐ父親だ。だから危ない橋は、1人で渡りたくない。そして俺の強さについて来られるのは兄さんだけだ」
「ははっ、2柱の神の血を引く大英雄と呼ばれたカール・ヘリオス・クーが慎重になったな。でも俺を道連れにしてくれるなよ。それにソルやメテオス、リリスにだってお前の相棒は務まるはずだ」
「確かにソルは強いが、今はアラビア遠征軍の指揮官の1人だ。もうこの先、会えるかも分からない。メテオスは、ラテン人に担がれてイタリアの王になった。メテオスが王ならリリスは王妃だ。昔みたいに一緒に冒険とはいかない」
「そうだな。5人で無茶していた頃が俺も懐かしい。でもな、俺もあと2年で40歳。実はギルドをやめたいと思っている。若い荒くれ者の元気についていけなくて」
寂しそうにロアが言った。それを聞いたカールは、相棒に行き先の変更を指示した。
「ゲヘナ、悪いがラヴェンナまで乗せて行ってくれ。メテオスとリリスに会いにいくぞ」
「それは急だな。まあ、先にソニービーンを倒した事を2人に自慢しに行くのも良いか」
カールは笑いながら首を横に振る。
「このビーンの首は、どこの賞金稼ぎギルドにも渡さない。メテオスの国にやろう」
「おいおい、どこのギルドでも、この汚い首に金貨1000枚の懸賞金が掛っているはずだ。それをただでメテオスにくれてやるのか?」
「俺もギルドを抜けるよ。この首の手土産と昔の誼で、メテオス王国の将軍にでもなってやるのさ、兄さん」
ロアは、体を震わせた。だが笑いを我慢できずにとうとう噴き出した。
「はははっ、お前も知恵が付いたな。それじゃあ、ラヴェンナに行こう。…ゲヘナに乗って…な」
ゲヘナが2人を待ち遠しそうに見つめていた。
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