第5話 きっと、罰が当たったんです。
下駄箱の蓋の隙間から紙が突き出していました。この所、上履きも革靴も常に持ち運ぶことにしていたので、はみ出していなければそれの存在に気が付かなかったかもしれません。
「……これは」
ピンとくるものがありました。いつもよく貰うものです。つまみ上げてみると、それはやはり手紙でした。メモ用紙サイズの簡素な
開いてみると、そこには細く几帳面な字でこう書かれていました。
『夜見野 真桜さん。話があります。放課後、体育倉庫で待っています。僕の想いの丈を聞いてください』
「ほう、果たし状か? 俺という先約があるのだから、そいつには俺を倒してからにして貰おう」
「違います。何勝手に覗いているんですか」
いきなり背後に現れた剣崎 勇翔に、私はもはや慣れてしまって驚くこともありませんでした。
「違うとは?」
「察してください、この鈍感大王」
「王はお前の方だろう」
「そういうことは言っていません」
「行くのか?」
現在、丁度指定されていた放課後です。何事もなければこのまま帰路に着く予定だったのですが……。
先刻、告白を受けた男子生徒の事を思い出しました。まさか同じ人ではないと思いますが、断るにしてもきちんと向き合った方が良いでしょう。
「……行きます。ので、付いてこないでください」
「何故だ? 果たし合いならば、順番を守ってもらわねば」
「だから、違うと言っているでしょう。いいですか。絶対に付いてこないでください。約束です。こればっかりは破ったら二度と口も利きませんからね」
「む、約束か。そういうことならば、相分かった」
何とか彼を説き伏せて先に帰らせることに成功しました。流石に告白を受けるのに第三者を連れていくのは相手に失礼が過ぎます。
本日は生憎の雨。晴れた日には運動部の生徒で賑わっているグラウンドは、閑散として誰の姿もありません。その寂しい風景を、傘を片手に横切って、体育倉庫に向かいます。
校舎から離れた場所、校庭の端に建つ倉庫。体育館内にあるそれ(そちらは体育
扉は開いたままになっていました。中は薄暗く、視界は良好とは言えませんが、人の姿はないようです。まだ来ていないのでしょうか。……と、よく見るとマットの上に紙が置かれています。下駄箱に入っていたものと同じ、浅葱色の紙です。
もしや、同じ送り主からの手紙では、と思い。それを確認する為に傘を畳んで入口に置いたまま、内部に足を踏み入れた――その直後でした。
背後で扉の閉まる音がしました。
扉だけではありません。そのすぐ後に、ガチャリと金属音……そう、鍵の閉まる音です。
パッと入口を振り返ると、閉ざされた扉の向こうから、雨音に混じって愉しげな笑い声が聞こえてきました。
「マジで来たし」
「こんな古典的な手に引っかかるバカ、居る?」
「自分がモテると思って、調子こいてっから、騙されるんだよ。妨害電波機器設置しといたから、携帯も通じないよ。一晩、そこで反省してな」
麗城さん達です。私は叩かれたような心地で、言葉を失いました。彼女達の湿った足音がそのまま遠ざかっていくのを悟ると、慌てて扉に取り縋りますが、当然それは開きません。ガチャガチャと虚しく音を立てるだけです。
「待って! 待ってください!」
私の訴えなど、誰も聞いていませんでした。
……そうです。本日は雨。外には誰も居ないのですから。
呆然として、暫し無為に開かない扉を眺めていましたが、やがて思い出したように鞄から携帯を取り出しました。妨害電波機器を設置したという麗城さんの言葉はハッタリではなかったようで、表示は確かに圏外になっています。
流石、金持ち令嬢。嫌がらせにもお金が掛かっています。
通話は使えませんが、とりあえずライト機能で辺りを照らし出しました。灯りがあるというだけで、ほんの少しだけホッとします。必要が無いからか、ここには照明器具が設けられていないのです。
見やすくなった倉庫内には、あまり使われていないのか、どこも埃がこんもりと積もっているのが窺えました。
妨害電波機器とやらがどういった形状のものかは知りませんが、外はこの雨です。精密機械ならば濡れるのを防ぐ為、もしかしたら室内に隠されている可能性もあります。
それを見つけ出してどうにか出来れば、電話が掛けられるはず――。
そこまで考えて、はた、と手が止まりました。
――電話。掛けるんですか? 誰に?
まさか、両親に助けは求められません。娘がこんな所に閉じ込められているなんて知ったら……あまつさえ、それが嫌がらせによるものだなんて知ってしまったら、どうなるのでしょう。
きっと、彼らは我が事のように心を痛めてしまいます。それだけは避けたいです。けれど、このままで居ても、どの道時間の経過と共に彼らに心配を掛けることになってしまいます。
一瞬、
彼の連絡先を知りません。それに、もしも知っていたとしても、普段あれだけ自分から遠ざけておいて、都合の良い時だけ助けてもらおうだなんて、虫が良すぎます。
――どうすればいいのでしょう。
途方に暮れた心地で、マットに置かれたままだった浅葱色の紙を改めて手に取り、開いてみました。そこに書かれていた文字は、たった一言。
『バーカ』
「あははは……」
乾いた笑いが漏れました。その通りです。私はバカでした。きっと、罰が当たったんです。麗城さん達の気持ちを、ずっと蔑ろにしてきたから。
彼女達だけではありません。勇者のことも。告白してくれた男子達のこともです。これまでに私は、どれだけの人を無神経に傷付けてきたのでしょう。
孤立したのは、本当は麗城さん達の所為ではありません。幼稚園も、小学校も、中学校も。私はずっと一人でした。
小さな頃から私は、人より何でも出来ました。自分で言うのも何ですが、容姿に関しては前世も今世も他者から持て
皆は言いました。私は〝完璧〟だと。私と一緒に居ると、惨めな気持ちになるのだと。
「真桜ってさ、あたしのこと、見下してるよね」――かつて友達になってくれようとした子にも、そう言われてしまいました。
違う、そうじゃない。そんなことはない――本当に?
本当は私は、誰にも自分の気持ちなんて分からないと決め付けて、どこかで他者を突き放していませんでしたか?
甘えたり、本音をぶつけることもなく、上辺だけで良い顔をしようとしていました。それは、相手を見下しているのと同じことです。
――だから私は、ずっと独りぼっち。
自業自得です。前世の時から、何も変わっていません。
前世、魔王だった時――私はずっと、孤独でした。
思い出すのは、あの冷たい石の感触。
膝を抱えて座り込むと、私は瞳を閉じて記憶の海に沈み込みました。
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