カレー作りと1ヶ月

「さて、それでは料理を作っていくわけだが……いのり、準備はいいか?」


「は、はいっ! よろしくお願いします!」


「うん、俺にファイティングポーズを取らなくていいから。落ち着け」


 意気込みは十分伝わってくるし、可愛いのだが。

 あまり硬くなられても困る。 

 

「ただ料理するだけなんだしそこまで緊張しなくてもいいんだぞ。出来るまでちゃんと教えるって約束しただろ? だから安心しろ」


「う、うん……!」


「うわっ、出来る男ぶってる」


「そこうるせえ」


 実の息子が義理の娘のフォローをしてるんだ、その反応はそもそもおかしいだろ。

 ソファに身を沈めながら眉をしかめてこっちを見ている母さんを一睨みして、いのりに向き直った。


「そんじゃ、カレー作り開始といきますか」


「えー、私シチューが食べたいんだけど」


「水を差すな! 邪魔だから自分の部屋に行ってろ!」


「いいじゃない。息子が義理の娘にかっこいいところを見せようとして必死になってる面白い姿が見たいのよ、私は」


「なおさらタチが悪い! いいから去れぇ!」


「ちぇーっ、あそことケツの穴と器が小さい息子ね」


 一言どころか二言ぐらい余計なことを……!

 大体あんたが知ってるのか!? 俺のブツの大きさをよォ! 幼少期の知識で語ってんじゃねえぞ!? あんたの知らねえところで息子は成長しているんだからな!


「ったく……悪いな、母さんが変なこと言った」


「え、えっと……あはは……うん、大丈夫大丈夫」


 母さんのド直球の下ネタにいのりは頬を軽く赤らめて、誤魔化すように笑っていた。

 ほんとうちのが申し訳ない。


「気を取り直して、まずはじゃがいもを切っていくか」


 俺はピーラーでじゃがいもの皮を剥いてみせて、まな板に置いた。

 そのまま包丁で手頃な大きさに切っていく。


「はぁー……!」


 隣ではいのりが感嘆の息を吐き出しながら、俺の手元を覗き込むように見ている。

 あかん、距離が近いいい匂い可愛いいい匂い!

 思いっきり動揺しながら、じゃがいもを切っていると、


「あの……ユキくん……?」


「お、おおう!? なんだ!? なにか質問か!?」


「いや、質問っていうか……疑問、なんだけど……」


「どうした!?」


「――カレーに入れるのにじゃがいもってそんなに細かくするものなの?」


 いのりに言われて、改めて手元を確認すると、そこには刻まれてみじん切りになったじゃがいもの姿があった。

 俺は無言でそれをサッと横に避け、ボウルに入れた。


「さ、実際にやってみよう」


「なかったことにしちゃった!?」


 こいつはあとであっさりめのポテトサラダにでもしてスタッフが責任持ってなんとかするから。

 どうせ付け合わせでサラダを作ろうと思ってたし、実質計画通り。


 ひとまず流れを口で説明しながら、いのりがおっかなびっくりとじゃがいもの皮を剥いていくのを見守る。

 

「……で、出来た」


「オッケー。あ、ちょっと待て」


「な、なに? もしかしてなにか失敗しちゃった!?」


「ああ、違う違う。じゃがいもの芽が残ってるから、これは俺が取り除いておこうと思ってな」


 言いながら、俺はいのりからじゃがいもを受け取り、包丁を使って芽を取り除いた。

 この作業はちゃんと包丁を扱えるようになってからやらせないと危なそうだからな。


「ん。よし、じゃ、切っていってくれ」


「う、うん!」


「いいか? 包丁を持っていない方の手は猫の手だぞ?」


 ま、それぐらいなら調理実習とかで教わってるだろうけど、一応な。

 

 いのりはこくりと頷き、まな板の上のじゃがいもと睨み合った。

 今から居合いの勝負でもするのかというぐらい真剣に向き合ってるな。

 ……お、いった。


 そろり、とん――そろり、とん――……と、よく言えば慎重、悪く言えばゆっくりすぎる仕草で、包丁を上げて下ろしてを繰り返していく。

 

 慎重な方が指を切ったりする心配もないし、そっちの方が安心なんだが、このままだと時間がかかりすぎるしなぁ。

 

「あー……いのり?」


「ひゃいっ!?」


 ひゃいって可愛いかよ。

 肩をびくつかせてこっちを仰ぎ見るいのりの目は驚きすぎて潤んでいた。

 

「ちゃんとしてれば指切ったりしないから、もう少しスピードあげていこう」


「わ、分かった! え、えいっ! ……ああっ!?」


 スピードを上げようとして力んだせいで、切っていたじゃがいもが意思を持ったようにまな板の上から転がり、床に落ちてしまった。

 

「わっ、わっ! どうしようっ!」


「落ち着けって、このぐらい洗えば大丈夫だ」


 包丁を持ったままわたわたとしだすいのりを落ち着かせるために声をかけ、床に落ちたじゃがいもを拾って水で洗う。

 

 しかし、包丁の扱い方といい、今の一連のことといい……。

 洗ったじゃがいもをまな板に置き直しながら、俺はいのりを見た。


「な、なに? ユキくん」


「いや、結構不器用なんだなと」


「だ、だってやったことないし……1人で作ろうとしても上手く出来なかったし……」


 あ、むくれた。

 あからさまにしゅんとなるいのりの姿に、俺は思わずくくくと忍び笑いを漏らした。

 

「むぅ……意地悪なユキくんはきらいっ」


「わ、悪い! 許してくれ、この通り!」


「ぷいっ」


 わざとらしくぷいっと言いながら、そっぽを向いてしまったいのりに俺は慌てて謝罪を続ける。

 

「……ふふっ、なんてね。冗談だよ」


 俺がおろおろする姿がそんなに面白かったのか、頬を膨らませていたいのりはイタズラが成功した子供みたいな笑みを浮かべてみせた。

 なんだ、冗談か……このまま許してもらえなかったら2階から飛び降りて誠意を見せなきゃいけなくなるところだったわ。


 冗談とはいえ、好きな子から嫌いって言われるとここまで心にくるんだな。肝に銘じておこう。


 その後も2人で料理を進めていき――


「次はにんじんだな。これも同じように皮を剥いて――」


「――え? にんじんって皮なんてあるの?」


「え?」


「え?」


 何事もなく順調に――


「ちょっ!? なに入れようとしてんの!?」


「え? 隠し味を……」


「アレンジしようとしなくてもいいから! さすがにソースとチョコとコーヒー同時入れはいくらなんでも無理があるから!」


 ……途中でなにかしらあったような気がするが、何事もなくカレーは完成したのだった。






「ごちそうさまでした」


 仕事から帰ってきた恭介さんが、俺たちの作ったカレーとついでにポテトサラダを食べ終えて、手を合わせながら言った。


「ど、どうだった?」


「うん。美味しかったよ――このポテトサラダ」


「お父さんっ! 分かってやってるよね!」


「ははは、ごめんごめん。カレーも美味しかったよ」


 怒るいのりをなだめるように、恭介さんはいのりの頭を撫でた。

 切実にその位置を変わってほしい、俺も撫でたい。


「ねえ、恭介さん。そろそろ……」


「ああ、そうだね。――いのり、優希人君。話があるんだ」


 恭介さんがしかつめらしい表情を作り、対面に座る俺たちを見る。

 一体なんだ?


「実はね、仕事で出張に行くことになったんだ」


「「出張?」」


 俺といのりの声が被る。

 

「うん。期限は大体1ヶ月ぐらいになるかな」


「そうなんだ」

 

 1ヶ月も帰って来れないのか……恭介さんは仕事が出来る人らしいし、その分頼られてるんだろうけど、大人って大変なんだな。

 

「で、その出張に私もついて行くことにしたから。優希人といのりちゃんには1ヶ月の間、2人で暮らしてもらうことになるわ」


「……………………うん?」


 なんだろう。今、さらりと流すには重要すぎる情報があった気がするような?

 頭の中で、母さんが言ったことをもう一度リピートしてみよう。



 ――優希人といのりちゃんには1ヶ月の間、2人で暮らしてもらうことになるわ。


「は!? はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 リピートした結果、気が付いてしまったとんでもない事実に、俺は泡を食ったように立ち上がった。


「ふ、2人暮らし!?」


 隣に座るいのりも驚きの声を上げている。

 

「行くべきか悩んで、明莉さんと相談して、2人なら大丈夫だろうって思って主張に行くことにしたんだ。本当は2人を置いて家を空けるのは親としてとても心配なんだけど……」


「じゃあ母さんがこっちに残れば!」


「多分だけど、仕事が忙しくて家事の方まで手が回らなくなるだろうから、私がついていくことにしたのよ。ただでさえ忙しい仕事を終わって帰ってきて、そこから家事をするのも骨が折れるでしょ?」


「そ、れは……そう、だな」


 なんとか食い下がろうとしたが、反論材料が見当たらない。

 でも俺といのりが1ヶ月とはいえ、2人きりでの生活なんて……これはあれか? 俺の理性が飛んでも許されるっていう大義名分を得たのでは!?(錯乱)


「……どう思う?」


 椅子を軽く引いて、上半身だけいのりの方を向きながら尋ねる。

 

「うーん……私は、ちょっと不安、かな」


 まあ、そりゃそうだよな。

 義理のきょうだいとはいえ、同い年の男と1ヶ月も1つ屋根の下。不安に思わないはずがない。


「大丈夫よ、いのりちゃん。優希人はヘタレで甲斐性無しだから。いのりちゃんが心配してるような展開にはならないわ」


「あんた息子の顔とプライドに泥を塗って楽しいか?」


 というか恭介さんの前でそんなこと言うな。信頼が一瞬で消し飛ぶだろうが。

 あ、でもそんな綺麗な真っ直ぐな目と信頼度高い顔しないでください。

 所詮俺も理性が飛んだらなにするか分からない獣畜生なんです。


「い、いえ! ユキくんが人の嫌がることを本気でする人じゃないっていうのは分かってますから! ユキくんのことは信じてます!」


 人の嫌がることをしないと聞いて、なぜか俺の脳裏に女子とイチャついていたクラスメイトを制裁している様子や、先日玲央に向かってカッターを投げた場面が再生された。


「それならなにが心配なの?」


「あの、えっと……私が、迷惑をかけすぎちゃうんじゃないかって……」


「それこそ心配ないわよ。私で慣れてるだろうから」


「ほんとにその通りだけど自分で言うな」


 いのりの心配事を聞いて、俺はため息を1つついた。


「俺なら大丈夫だから、非常に癪だが、母さんが言った通り迷惑ならかけられ慣れてるし、安心して迷惑をかけてくれ」


「ユキくん……うん、ありがと。でも、やっぱりなるべく迷惑にならないように頑張るね」


 俺たちは笑みを交換し合い、頷き合った。


「お父さん、私なら……ううん、私たちなら大丈夫だから、安心してお仕事頑張ってきて」


 こうして、1ヶ月とはいえ、俺といのりの2人暮らしが決まったのだった。

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