第54話 それ、言っちゃ駄目だよ
「びっくりした。大丈夫」
「だ、大丈夫だけど、その格好はどうしたの。あっ、まさか鼻血のせいで服が駄目になっちゃったとか」
あの仏様としての服が台無しになってしまったのだろうか。桂花は先ほどまでの悩みなんて吹っ飛ぶ破壊力のある将ちゃんの姿をまじまじと見つめてしまう。
「ああ。これはね。あの道満って人の術に嵌った罰としてね、一週間ここで掃除のお手伝いになったから、月光様がくれたよ。服は大丈夫。畳んで薬局に置いてあるから」
「あっ、あれか」
誘拐事件のきっかけとなった潤平の肩に取り憑いていた靄。その正体が将ちゃんこと十二神将の招杜羅だったわけだが、操られて暴走するとはどういうことかと、弓弦がそんな罰を決定していたのだ。
「それにしても、暴走か。それってどういうことなの」
「えっとね、俺たち十二神将って元が夜叉でね。薬師様に出会うまでは悪さばっかりしてたんだよね。だから、元の部分が悪いんだ。で、その頃の記憶を道満に呼び起こされて悪さしちゃったんだ。薬師様の匂いがするあの男の人が憎々しくなったって感じだね。で、それを正直に説明したら、精進が足りないって月光様が怒るんだよ。仕方ないよねえ」
のほほんっと自分のことを語る将ちゃんだが、何だか色々と凄い情報がくっ付いていて、どこをどう理解していいのかが解らない。そもそもあの事件もすっきりしていないままだ。
「十二神将っていうことは、十二人いるのよね」
まずは基本的なところから確認しちゃう桂花だ。しかし、将ちゃんは嫌がることもなくそうだよと頷いてくれる。
「俺の他にも夜叉だったけど改心した人がいるんだ。それが全部で十二人。薬師様はとっても偉大なんだ。どんなに悪さをしていた人でも、ちゃんと正しく歩むことが出来るって言ってくれたんだよ」
「へえ」
確かに夜叉と呼ばれるような人を十二人も改心させるのだから、薬師如来は偉大だろう。法明を見ていると忘れそうになるが、凄い仏様なのだ。思えば患者に対する法明の姿はいつも真摯で、優しい。
「他の人も将ちゃんみたいな名前なの」
「うん。
「へえ。みんなすごい名前なのね。で将ちゃんたちは薬師寺さんに会って改心したということね。それでずっとお仕えしているって言ったんだ」
陽明に取り押さえられていた時、涙ながらに訴えていたことを思い出して桂花は納得。
「そうそう。悪さをしないで、みんなを助けられる人になろうって薬師様に出会って考え直したの。でもまあ、俺って馬鹿みたいでさ。どうにも失敗が多いんだよね。昔っから駄目でよく月光様に怒られるんだよね。今回のことだって、道満って奴は十二神将みんなに術を掛けたはずなのに、俺だけ暴走しちゃったし。みんなは薬師様にずっと会えなくても大丈夫なんだなあって、それにもびっくりしちゃった」
「ううん」
それは多分、将ちゃんのキャラクターのせいではないだろうか。そもそも、夜叉だったというのが信じられないほど素直そうな性格の持ち主である。きっと、そこが法明に会いたいという気持ちを生むことになり、道満に利用されるきっかけになったように思う。
「っていうか、あの人もあの人で、安倍晴明のライバルとして知られる道満法師だったのよね。っていうか、何であの二人までこの時代にいるわけ。そしてバトルを繰り広げているわけ。ますます解らないわ」
事件は何となく解決したが、もちろん道満は消えたわけじゃない。ということは、いずれまた自分たちを狙ってくるのだろうか。基本的には安倍晴明である篠原陽明を狙っているそうだが、その辺の事情も桂花は解らないままだ。
「私ってまだ何も知らないじゃない。結局何がどうなったのよ」
「あっ、そうそう。薬師様がお待ちかねだよ。なんだかずっとそわそわしててね、うろうろしてるの。薬師様がじっとしてないって珍しいよね。どうしたんだろう」
「う、うん、そうね」
その情報、言っちゃ駄目だったと思うよ。そんな注意は無駄そうなので、桂花は気を取り直して薬局へと向かった。ともかく、法明と話し合わないと駄目だ。そしてまだ知らないことを教えてもらおう。いや、その前にいつものように振る舞わなきゃ。向こうが動揺していることを知ってしまったわけだし。桂花は気持ちを整えると、ドアを開けて元気よく挨拶をする。
「おはようございます」
「おはよ」
しかし、返事を返してくれたのは法明ではなく、すでに白衣に着替えた弓弦だった。しかもその顔がにやにやと笑っているのだから質が悪い。
「月光、じゃなくて、月影先輩、その」
「お前が戸惑ってどうする。それより早く行ってやれよ。まったく、如来って俺より格上のはずなのに、どうしてあんなに人間臭いのかね。本当に修行が終わっているのかと聞きたくなるよ。恋して懊悩するなんて、煩悩ありまくりだよな」
くくっと楽しそうに笑うと、そんなことをさらっと言う。この薬局でも実際の立場でも上司である法明に対し、それでいいのか。
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