第49話 大混乱
「あの遠藤のせいなのかしら。というか、本当にここはどこなのよ。どうして出られないわけ。何でこんな変な音がするわけ」
どうやら音や揺れの原因はこの近くではないらしいと気づき、桂花はほっとしつつも謎の状況が増えて困惑する。自力では出られない部屋。何をしても傷つかない障子やふすま。総てが夢の中のようだ。しかし、将ちゃんがにゅるっと現れたことから、単純に夢と片付けるのは無理。
「物理法則を完全に無視しているのよね。薬局に現れた時も突然だったし、ここに現れた時も障子をすり抜けるし。将ちゃんって何なのかしら」
本当は中国人のような名前の彼は、昨日も今日も唐突に現れた。しかも、どうやら潤平に取り憑いていた靄の正体でもあるらしい。ということは、彼は人間ではないということか。あまりに非現実的な話だが、そう考えると障子からにゅるっと顔が出てきたことも納得できる。
「でも、幽霊って感じじゃないのよね。めちゃくちゃ実体があるし。なにより間抜けだし、鼻血も出ていたし。障子は抜けられるけど、ちゃんと生きている人なのよ」
思わず、指に残っていた将ちゃんの鼻血を見て溜め息を吐いてしまう。そう、不慮の事故で将ちゃんの鼻の穴に指を突っ込んでしまい、さらには鼻血を出させてしまったのだが、あれによって将ちゃんが生きているのを実感した。
不可思議な存在だが、彼は確かに体温があり温かい血の流れる人間だ。いや、人間というのはおかしいのだろうか。取り敢えず、人間は壁抜けをすることは出来ない。ということは、彼は何なのだろう。
「何なのかしら。当然、薬師寺さんたちに関係のある人なんだけど、でも、将ちゃんかあ」
将ちゃんという脈略のない名前もヒントなのだろうか。しかし、一体何がどうなったら将ちゃんという名前が導き出せるのだろう。もしも招杜羅だからだとすると、漢字は招になるはずだ。でも、弓弦はわざわざ紙に書いて、この字だと示してきた。ということは、漢字が違うことにも意味があるのだろう。
「あれ、なんで紙に書いたのかしら」
招杜羅を説得するためだったようだが、いきなり決められた愛称だというのに、紙に書いて説明って変だよねと思う。
ううむ、また謎が増えちゃった。
桂花はまだまだ続く部屋の外の轟音を気にしつつも、法明たちの本当の名前を考えてみる。しかし、そんなことも解らないのかと笑う弓弦の姿が思い出されて、イラっとしてしまった。
「何よ。先輩のくせに何も教えてくれないじゃない」
そう文句を言ってみたところで、弓弦がいつものように突っ込んでくれるわけじゃない。非常に虚しい。今、ここには頼りになる人たちがいないのだ。自分の頭で考えなくては。
「薬師寺法明、月影弓弦、日輪円、そして将ちゃん」
四人の名前をつらつらと言ってみる。そしてふと引っ掛かりを覚えた。今まで何の共通点もないと思っていた名前が、どこかで聞いたことがあるはずだと、そんな既視感を覚えてしまう。それも慣れ親しんだもののような気がした。
「えっ、どこで。えっと、薬師寺――薬師」
そこで将ちゃんが朗らかに
「薬師様」
と法明に向けて笑顔で呼び掛ける顔が思い浮かんだ。さらに弓弦には
「月光様」
と呼び掛けて叩かれる場面も思い出される。まさにこの二つが大ヒントではないか。そして法明が言い難い告白とは。
まさか、そんな。
「えっ。嘘でしょ。まさか、薬師如来、月光菩薩、日光菩薩ってこと。そして将ちゃんは、あれだ、十二神将。まさか、薬師寺さんたちの正体って仏様なの」
桂花が解ったと思わず手を叩くと、途端に大きな光が指から放たれた。それはあの将ちゃんの鼻血が付いていた場所。
「ええっ」
「ようやく解ったのか。相変わらず鈍臭せえな」
そして、半日ぶりに聞く弓弦の悪態を吐く声。それと同時に、ぶわっと光が溢れ返った。
「きゃあっ」
突然部屋が金色の光に包まれて目が開けていられない。桂花は思わず目を閉じると頭を覆っていた。しかし、その光から危険は感じられなかった。それどころか、ふんわりと温かい雰囲気を感じてしまう。
「すみません。こんな形になってしまって」
そして聞き慣れた法明の声。ゆっくり、恐る恐る目を開けると、そこにはいつものように白衣を纏う法明の姿があった。その横には白装束を纏う弓弦と円の姿がある。その後ろには狩衣姿の陽明がいて、その陽明は将ちゃんの首を思い切りホールドしていた。
「えっと、ここは薬局」
「じゃないんです。緒方さんが自力で私たちの正体に気づいてくれたおかげで、私たちが召喚された形になってますね。私たちの本来の名前を呼ぶと、招杜羅の血を持つ緒方さんがいる場所に繋がる。まあ、そういう仕掛けを施したのは篠原さんですけど」
「えっ」
きょとんとしてしまったが、確かに周囲の景色は変化していない。部屋の中に唐突に薬局にいたメンバーが現れた形になっている。
しかし、召喚。そして本当の名前。もう、桂花の頭は大混乱だ。
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