第42話 あなたの正体は?
「違うってか。わざわざ光琳寺の近く薬局を作って、彼女が気づくように仕向けたっていうのにか。それが惚れた末の行動じゃなければ狂気だぜ。それに、今の彼女ならば恋人として釣り合いが取れるだろ。最初の恋心はロリコンと非難されても仕方がないが、今ならば問題ない。ちょっと出会いがおかしかっただけだ」
「そ、そんな感情は」
「ないとは言わせないぜ。まったく、仏のくせに嘘は良くないねえ。自分の嘘を信じてあの子が追い掛けてきたのを知っていたんだろ。ずっと遠くから彼女のことを見守ってきたんだもんな。そして国家資格を取った今年の春、初めて薬局に求人広告を出し、彼女が来るのを待ち構えた。いじらしい努力じゃないか。そんな手の込んだことをやってまで彼女の傍にいたいと願ったのは、仏としての信念だけじゃねえだろ」
「ううっ」
陽明の隙のない指摘に、法明がへなへなとその場に崩れ落ちる。その様子に弓弦と円は溜め息だ。もちろん、二人もその感情には薄々気づいていた。
しかし、指摘するほど野暮ではないし、長い付き合いがある。どうするつもりなのか。その気持ちに決着をつけるまで見守ってあげよう。そのくらいだった。だが、ここに来て究極の選択を迫られている。
「これも一つの機会です。撤退しますか」
円が問うと、法明は悔しそうに俯くだけだ。頷けないのは、それだけ桂花に思い入れがあるからだろう。最後に一言。そう願えば願うほど、答えが先送りされてしまう。
しかし、昨日あんな事態になってしまって、告白のチャンスが訪れというのに先延ばししてしまったように、知られることを恐れてしまうのだ。自分は彼女とは違う存在で、本来ならばここにいない存在であることを知られたくないと願ってしまう。だからどこにも答えがなくなってしまう。
「腹を括るしかないぞ。何も言わずに出ていくか、総てを緒方に白状するか。そのどちらかだ。あの招杜羅が来たのはそういう意味だよ」
「そうだ。招杜羅は。将ちゃんはどこに行ったんですか」
「あっ」
言われて弓弦もこの場に将ちゃんと名付けた招杜羅の姿がないことに気づく。確かに昨日の夜まではここにいたというのに。しかも罰として一週間、この近辺の清掃を言い渡していたというのに、その姿がどこにもない。
「なるほど。元夜叉の性質を利用されて呪いに利用されたとはいえ、彼は今やあなたの部下だからな。ピンチに黙っていられなかったということか」
面白くなったと陽明は笑う。しかし、弓弦はヤバいなと額を押さえていた。
「あの将ちゃんが全部解って動いているとは思えない。善意でやっているんだろうが、勝手にべらべら喋るリスクが出てきた」
「ええっと」
そんな二人の反応に、ますます拙い事態になったのではと法明は顔を青ざめる。さっきから青くなったり赤くなったりと忙しい限りだ。
「大丈夫だろう。勝手に喋るかどうかまでは予測できないが、状況を悪くする気はないはずだ。さすがにあんな利用のされ方をして同じ轍を踏むとは思えん。昔の恨みを増幅させられて負の感情を溜め込んでいただけで、実際はあんたに会いたかっただけだしな。寂しいと思っていたからこそ、簡単に遠藤もあの青年に憑りつかせることが出来たんだ。招杜羅は良くも悪くも素直なんだよ。こうなったらこの状況を利用するまでだな」
「利用って。招杜羅がまた呪いに使われるかもしれないんですよ。奴に近づいただけで本能のコントロールが利かないのかもしれないのに、どうするんですか。また悪いモノとして現世の人に影響しちゃうかもしれないんですよ。そうなったら、落合さんの時よりも危険なことになります。緒方さんが危険にさらされることになります」
「今回は大丈夫だろう。そのお前の惚れた緒方桂花がいるんだ。鈍感な招杜羅だって、彼女を傷つけてはいけないことは気づいている。その点は大丈夫だ。だから」
そこで陽明は一枚の紙をずいっと法明に突き付ける。それは昨日、潤平に取り憑いた靄、つまり夜叉として暴走してしまい憑りついていた招杜羅をおびき寄せるために使った、潤平の描いたイラストだ。
そこに描かれているのは、潤平が訪れた場所の一つ、時間を確認してまで訪れた覚園寺だ。青色の世界の中に、まるで黄金に輝くようにお寺が描かれている。
そこの本尊は薬師如来であり十二神将像も有名だ。そう、法明に縁のある寺でもある。だからこそ遠藤はここで呪いを掛け、大人しく薬師如来の帰りを待っていた招杜羅が、寂しさのあまり操られることになった。あの靄は招杜羅が抱えていた寂しさであり、法明の気配が残る潤平に憑りつき、法明のもとへと行かせようとしたのだ。
「まさか、あそこに」
「いや、いるかどうかは解らない。俺が言いたいのはそういうことじゃなくて、捜索に人数が欲しい。俺の式神だと遠藤に感づかれてしまうからな。余計に事態がややこしくなる可能性がある。だから、残る十二神将を召喚してもらおうか。彼らはあなたの部下だ。そうでしょ、薬師如来様」
陽明はにっこりと笑うと、呆然とする法明に向けてそう言い放ったのだった。
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