第39話 ど、どちら様で?

「いやあ。この間のお礼として送られてきた扇子や小物を見ていたら、こいつのセンスは大丈夫なのかなって疑問になったけど、薬剤師としては間違いないね。レシピがあったとしても、ミスってとんでもない味になるんじゃないかって思っちゃったよ」

「わ、悪かったわね」

 そんなに奇抜な物は選ばなかったはずなのに。桂花は思わず唇を尖らせる。すると潤平は困惑した顔を浮かべたものの

「あれは外国人に贈ったら喜ばれるだろうね。京都らしいという言葉に引っ張られ過ぎなんだよ。日本人からするとどこでも手に入る物になっちゃうよ」

 と付け加えた。それは尤もな指摘だったので桂花はぐうの音も出ない。つまり典型的なお土産と呼ばれる品物であって、あれが京都の本質を押さえているのかというと違うというわけだ。

「ま、まあまあ。いざ京都のもので喜んでもらえるものをとなると、難しいですからね。丸投げしてしまった僕にも問題があります」

 慌てて法明がフォローを入れてくれるが、何だか悲しい。昔から美術方面に苦手意識は持っているが、まさか贈り物選びにまで影響が及ぶほどだったとは。恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ。

「あ、あれはあれでイラストに使えるからありがたかったよ。そんなへこむなよ。冗談だって。冗談。扇子はいいものだったぜ」

 潤平もあからさまに落ち込む桂花に、苦笑してそう言ってくれるが後の祭りだ。今後は京都らしいものを贈ってと誰かから頼まれたら、それこそ国家試験前のように勉強する羽目になりそう。桂花はますますどんよりとしてしまった。

「ええっと、お薬に関してですけど」

 法明はこの場での回復は不可能と見切りをつけ、薬の説明へと移った。潤平も居心地悪そうに身体を揺すった後、法明に向き合う。

「三種類ですよね」

「はい。まず頭痛に対する黄連解毒湯と神経過敏に対する柴胡桂枝乾姜湯に関してですが、こちらは食間に一日三回の服用となります。もう一つの疲れ目のお薬である蒸眼一方ですが、こちらは外用薬になります。点眼薬というよりも洗眼ですね。コンタクトはされてますか」

「ええ」

「外す時に洗眼しますよね。あの要領で大丈夫です。小さなカップに入れて目をぱちぱちとやって薬を馴染ませてください。結膜に僅かに炎症が見られる程度ですので、毎日使用する必要はありません。目の疲れが酷いと感じた時のみご使用ください」

「了解しました」

 こうして潤平は無事に、幽霊の存在に気づくこともなく、法明から処方された薬を受け取って帰っていったのだった。しかし、問題はこれからだ。

「お大事に」

 と潤平を見送った後、すぐさま法明と桂花は休憩室へと移動する。円も他の患者がいないからと、外に本日の営業は終了しましたとの札を掲げてから続いて入ってくる。

「ええっと」

 だが、そこでは予想外のことが起こっていた。

 桂花が先ほど覗いた時、この部屋には同じような白装束を纏った陽明と弓弦しかいなかった。ところがどうだ。今、そんな二人に取り押さえられている第三の人物がいる。その人物はどこか異国、主にインドを思わせる服装に身を包んでいる男性なのだが、二人に床へと押し付けられるように取り押さえられてしょんぼりとしている様子だ。

「えっ、ど、どちら様?」

「嫌な予感はしていましたが、あなたですか」

 困惑する桂花と、額を押さえる法明。そして深々と溜め息を吐く円と、反応はそれぞれだ。しかし、一つだけ確かなことがある。

「あの人、薬師寺さんのお知り合いですか?」

「ええ」

「薬師様。そんな知り合いだなんて、距離のある言い方は止めてくださいぃ。長年お仕えしてきたじゃないですかぁ。というか、助けてくださいぃ。月光様はまだしもこの男、超怖いんですけどぉ。普通じゃないんですけどぉ」

 法明が溜め息を吐いたところで、捕らえられている男は涙ながらに訴える。顔も服装同様にどこかインド方面を思わせる顔立ちだ。しかし、喋っている言葉はばっちり日本語。そして陽明が怖いのだと主張するように震え上がり、恐怖で言葉が間延びしている。

「それは君が悪いんだろ。遠藤の簡単な呪術に乗っかってしまったんだから。ちょっとは反省しな」

「うっ、ううっ」

 陽明、ひょっとしてドSなのだろうか。にやりと笑ってますます謎の男性に顔を近づけている。すると男性は顔を真っ青にしてますます涙目だ。これは本気で怖がっている。横にいる弓弦は呆れ顔だ。

「どうしましょう」

「どうしましょうねえ」

 円のこの混沌をどう収束させるのかという問いに、法明は困惑顔で返すしかないのだった。

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