第37話 漢方薬を作ってみよう

「結局のところ、頭痛の原因は何なんですか。ただの神経痛だったんですか。それにあの黒い靄は何だったんですか。頭痛の原因だったはずですよね。どうして薬師寺さんが触ったらあの靄は消えちゃったんですか。私と関係あるんですか。鎌倉の何が問題なんですか」

「お、落ち着いてください」

「そうよ。一気に聞いても答えられないわ」

 どうどうと落ち着けようとする法明と、これでも飲んでと冷えた栄養ドリンクを差し出してくる円だ。桂花は喉が渇いていたのでありがたく栄養ドリンクを受け取ると、一気飲みしていた。

「ぷはっ。そ、それで」

「まずは調剤してからですよ。すでにあの靄は篠原さんと弓弦が回収してくれていますのでもう安心ですし、落合さんに悪さをすることはありません」

「そ、そうなんですか」

「ええ」

 じゃあ、逃げて行った方向は休憩室だったのか。一瞬の間にいなくなったから、方向までは解っていなかった。それにしても回収って、霊的なものに使う表現じゃない気がする。

「それにですね、あの靄は落合さんに悪さをするつもりはなかったんですよ。この薬局に用事があったというべきでしょうか。ただし、やはり悪いモノがくっ付いている状態ですから、神経が過敏になったり風邪を得やすくなっていただけなんです」

「ええっ。この薬局にって、それってどういうことですか。まさか薬師寺さんを狙っていたとか」

「ええ、まあ。仕掛けたのは篠原さんのライバルの遠藤さんです。篠原さんは冗談のように言っていましたが、三日前の段階で間違いないと思っていたみたいですね。どうやらこの前、落合さんがこの薬局に来たのを遠藤さんが目撃していたようですね。それで使えると考えたのかもしれません」

「はあ」

 つまり、潤平が黒い靄に纏わりつかれて頭痛がしていたのはとばっちりだということか。ううむ、どうも納得できないというか、説明の曖昧さが気になる。それにどうして遠藤という人は法明に呪いを掛けようとしたのだろう。こんなに人畜無害な人なのに。

 しかし、法明は詳しくは後でとばかりに薬包紙を渡してくるので、大人しく助手に入るしかなかった。ちらっと休憩室の方を見たが、ドアが閉まっていて様子を窺い知ることは出来なかった。話し声もしないところをみると、お祓いでも真剣にやっているのだろうか。

「生薬から薬を作るのを見るのは初めてですね」

「は、はいっ」

 しかし、今は仕事が優先。薬剤師としてやるべきことをやらなければ。法明にちゃんと見学してくださいねと注意され、桂花はすっと背を伸ばした。そうだ。苦手な漢方薬をちゃんと覚えるチャンス。しかも法明の仕事を間近で見られるのだ。今は気になることを頭の隅に追いやる。

「まずは必要な生薬を揃えるところからです。この百味箪笥もそうですが、上にも置いてある瓶の中にも生薬があります。これはさすがにもう大丈夫ですね」

「は、はい」

 まさかの基礎の基礎からの説明に、それは大丈夫ですと桂花は頷く。普段から鈍臭いところを遺憾なく発揮しているものだから、法明も心配になって確認したのだろう。今後は注意しなければ。

「今回は頭痛に対する黄連解毒湯、神経過敏に対する柴胡桂枝乾姜湯と眼精疲労の蒸眼一方、そして胃腸の調子をお茶の四点ですから、使う生薬はそれなりの数になりますね。それに蒸眼一方は外用薬になりますから、飲み薬と少し処方の仕方が異なります。そうですね。緒方さんにはお茶用の生薬を用意してもらいましょうか。薬包紙は一先ずそちらに置いておいてください」

「は、はいっ」

 仕事に集中しているのを見て取るとすぐに難しい仕事を振って来た法明は、上司として素晴らしいのだが、初めての生薬選びに桂花は緊張する。

「大丈夫です。配合はこちらを確認してください。リラックス作用と肩凝りに効くものをメインにしたいので、レシピはこれで大丈夫です。後は大学の実験と同じですよ。グラム数を間違えないようにね」

 法明はそう言って、百味箪笥の横にあったファイルから一枚のメモを抜き取って渡してきた。ファイルはいくつか事前に用意してあるお茶のレシピで、このメモはその一つらしい。そこには細かく使う生薬とグラム数が書かれている。丁寧な文字はそのまま法明の仕事スタイルを表しているかのようだ。

「はい」

 それに大学と同じという法明の言葉も心を軽くしてくれた。いかげで少し肩の力が抜ける。そうだ。やることはいつでも同じだ。ただし、ここは現場だから、その薬が患者の手に渡って服用されるという点が異なる。自然と慎重になるのは仕方がないことだ。しかし、緊張し過ぎてはちゃんと調合出来ない。

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