第27話 陰陽師の実力

「昔ながらのタイプだな。水が綺麗な時は問題ないが、こういう非常事態では影響をもろに食らうことになる」

「じゃあ」

「そのお米は使わない方がいいだろうな。水もペットボトルのものを使った方がいい」

「ま、マジですか」

「マジですよ。といっても、綺麗な水が家にあるとは限らないだろうから、ミネラルウォーターはこれをどうぞ。大丈夫、お米を炊くのではなくお粥ならば、多めの水にお米を突っ込んでおけばなんとかなる」

「そ、そうですか」

 懐からミネラルウォーターのペットボトルが出てくるのもびっくりだが、お粥の炊き方のアドバイスまで出来るとは。陰陽師という謎の職業の割りに意外と有能だ。

「ああ、そうそう。空のペットボトルは返してくれるか。これから使うのでね」

「えっ、はい」

 手頃な大きさの鍋に中身を全量入れ、桂花は空になったペットボトルを返した。すると、陽明はどうもと受け取って勝手口から出て行ってしまう。

 なるほど、そこから台所にやって来たのか。ということは、井戸はこちら側にあるのか。気になってと勝手口から覗いてみると、その先にはすでに注連縄しめなわが張られ、さらに御幣が立てられた井戸があった。その井戸からは、ぞわぞわとした不快な気配が漂っている。陽明はというと、あの空のペットボトルに井戸の水を汲んで入れていた。

「うわあ、本格的ですね」

「覗き見禁止」

「ご、ごめんなさい」

 陽明に咎められ、桂花は大人しく引っ込んだ。なるほど、ちゃんと神主だし陰陽師だった。この家や井戸が放つ気配と、ちゃんとそれに合わせて処置をしている様子で納得できた。今まで別に疑っていたわけではないが、怪しさ満点だったが、イメージは少し良くなっていた。

「ううん。でも、不思議よねえ。この地を鎮める陰陽師ってことでしょ。それって凄いことじゃないかしら。それとも、ここは深く考えずに、さすがは京都ということにしておくべきかしら」

 桂花はぼやくように呟くと、今度はお米を探すことになった。一体どこに仕舞ってあるのか、自分の家とは勝手の違う台所だから、何がどこにあるのか解らない。

「えっと、炊飯器の近くかな」

 きょろきょろと辺りを見渡し、電子レンジの横に炊飯器を発見。その二つが置かれた棚の下は丁度よく収納スペースとなっており、お米を保管するのにお誂え向きだった。

「よしよし」

 見事に予想が的中し、そこに米びつが収められていた。中には二キロほどのお米が入っている。そこから一合分のお米を取り出して再びコンロのところへ戻ってくるとパンパンっと高らかに手を打ち鳴らす音がした。そして

高天原たかまのはら神留坐かみづまりま皇親神漏岐神漏美命以すめらがむつかむろみのみこともち――」

 と低く落ち着いた声音で陽明が祝詞を詠み上げる声がした。途端にぴんっと空気が張り詰めるのが解る。

「凄い」

 桂花は思わず手を合わせて目を閉じていた。そして、どうか路代がよくなりますように、龍神様が怒りを治められますようにと祈っていた。

 すると一瞬だが、龍神、つまり龍の姿を見たような気がした。目を閉じていたから正確には見たとは言えないのだろうが、きらきらと光る銀色の鱗を持つ龍が、ぺこりと頭を下げるような仕草をしたような気がした。

「――所聞食きこしめせと申す」

 陽明が祝詞を詠み終え、再び柏手を打つのが解った。そこで目を開けると、家の中にあれほど溜まっていた湿気が無くなっているのに気づく。台所の中もぱっと明るくなった感じがした。

「凄い」

「やっぱりお前か」

 びっくりしていると、陽明が不機嫌そうに勝手口からこちらを覗いていた。何か悪いことをしたのだろうか。桂花が不安になっていると、こっちへ来いと手招きをされた。

「えっと」

「コンロの火を点けておけば勝手に煮えるだろ」

 お粥に対して陽明は雑だった。しかし、先ほどのアドバイスといい、何だか作り慣れている感じがする。だから、桂花もそれもそうかとお米を入れて火を点けておくことにした。そして勝手口から外へと出る。

「ううん。気持ちいい空気」

「ああ。お前の祈りを聞き届けた龍神からのプレゼントさ」

「えっ」

 そこでにっこり笑う陽明は、いつもと違って意地悪さが微塵もなかった。そしてあれを見ろと空を指差す。そこには美しい彩雲が広がっていた。

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