第21話 厄介事の予感

「そりゃあ、薬師寺が大学に行くならば真面目な方がいいって煩いからだよ。薬学を学び研究する場なんだから、それにふさわしい格好がいいって言うんだ」

「そ、そうなんだ。まあ、薬師寺さんだったらその格好で大学に通うのは止めそうよね。同じ大学にいたらびっくりそう。えっ、ということは、昔から薬師寺さんと知り合いだったの?」

「おう。それはもう長い付き合いだ」

 そこで弓弦はまた遠い目をしている。

 一体、法明との間に何があったというのか。そもそも、真面目な方がいいとアドバイスをされる時点でどうなのか。さては高校生時代は今とは違う方向にはっちゃけていたな。

 それにしても、年の差こそあれ、二人は幼馴染みのような感じらしい。

「ううん、幼馴染みとはまた違う気がするけど。まあ、そうだな。そういうことにしておこう」

「なんでちょっと幼馴染みであることが嫌そうなのよ」

「そうじゃねえけど、言われ慣れてないからさ。変な感じがしただけ」

 そこで弓弦は助けを求めるように円を見た。が、円はただいま患者の対応中。そんな視線には気づかない。

「ひょっとして日輪さんも幼馴染みなの?」

「お、おう。昔からの知り合いだぜ」

「へえ」

 では、桂花が入るまでは本当にずっと昔から知っている三人でやっていたわけか。そう考えると何だか申し訳ない気分になる。

 というより、知り合い三人で経営してたところによく新規募集の求人を出したものだなと思ってしまった。しかし、もう一人欲しくなるほど忙しいのも解る。

 だが、そんな忙しい薬局に漢方が苦手なまま入ってしまった桂花は、果たしてこの薬局の戦力になれているのだろうか。足手まといになってはいないだろうか。仕事を増やしていることになってはいないだろうか。

 求人を出したからには、本当はもっと漢方薬を扱える人が来て欲しかったのではないだろうか。一か月過ぎてもまだ西洋医薬品の処方だけを任されているので、今更ながら不安になる。

 ああ、ひょっとしてこのまま悩むと人生初の五月病になるのか。そんなことまで考えてしまった。

「いやあ、それは、ううん、困りましたねえ」

 と、そこに法明の間延びした声がした。どうしたのかと見ると、休憩室に引っ込んで、こちらに背を向けてスマホで誰かと電話中だ。そして普段ではあり得ないほどしきりに頭を掻いている。

「そう言われましても、ええ。はあ、それは無理です」

 そして最終的にはきっぱりと無理と言い切っている。

 一体どうしたというのか。思わず桂花と弓弦は顔を見合わせ、こそっと聞き耳を立ててしまう。

「あのですね、僕は薬剤師なんです。龍神の慰撫なんて僕には無理ですからね。そこは自力で解決してくださいよ、篠原さん」

 しかし、次に飛び出した名前に、二人はまた顔を見合わせる。

 どうやら電話の相手はこの薬局で疫病神扱いされている、神主兼陰陽師の陽明らしい。しかも法明は何やら無理難題を押し付けられそうになっているようだ。

「前に来た時は何も依頼していなかったのよね」

「そうだな。あいつが現れたから注意しろっていうだけだったみたいだし。しかし、前回の時にもある程度の事情は話していたんだろう。薬師寺は何もないってしらばっくれていたけどな」

 前回のこそこそとした会話を思い出し、弓弦は不快感満載だ。あの時は夕方に問い詰めたら、ちょっとした兆候があるだけだよと誤魔化されたのだという。しかし、何も聞いていないなんてことがあるわけない。

「何の兆候があるの? そしてあいつって誰よ?」

「お前は知らなくていい」

「はあっ」

 思わず大きな声が出てしまって、電話をしていた法明がこちらを振り向いた。おかげで思い切り盗み聞きしていたところを目撃されてしまう。

「ばかっ」

「いたっ」

 スパンっと弓弦は手に持っていた処方箋の束で桂花の頭を殴ってくれる。そこももちろん法明は目撃していて、どうしようと困った顔をしていた。

「解りました。協力できるとは言えませんが、ともかくお昼にいらしてください。電話では要領を得ません。今日は比較的暇ですから、十二時半くらいには患者さんが途絶えると思いますので、そのくらいにお願いします」

 そして隠し通すのは無理かとばかりに、溜め息を吐いてそう言っていた。電話で断るのも無理だし弓弦にもバレてしまった。ならば呼び出して事情を聴いた方が早いと結論付けたようだ。

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