第10話 もう顔が真っ赤!
「ふわああ」
「おや、寝不足ですか」
「あっ、はい」
翌日。いつものように早く出勤したのはいいが、ついつい欠伸が出てしまった。
昨日は完全に目が醒めてしまった後、ずっと一覧表を見つめていて、気が付いたら朝方の四時だった。そこから慌てて眠ったものの、寝不足なのは否めない。
光琳寺に泊ったから普段より通勤時間は短かったものの眠い。しかも間の悪いことに欠伸したのを法明に目撃されてしまうとは。恥ずかしいことこの上ない。
「あまり根を詰めて勉強するのは駄目ですよ。一気に勉強するのはいいことのように思えますが、どうしても忘れる部分が多くなり、効率が悪くなりますからね。通用するのは定期テストの勉強くらいですよ」
「はい。それは解っているんですけど、ちょっと調べ物をしていて」
「そうだったんですか。それでちゃんと理解できましたか?」
「えっと」
そこでちらっと法明の顔を見て、ついあの飴に関して意見を求めたくなってしまった。しかし、それは駄目だと桂花は自分に言い聞かせる。ここで答えを聞いてしまったら簡単だろう。でも、それって憧れの、それも薬剤師になるきっかけをくれたあの人を裏切るような気がしてしまう。
尤も、漢方薬だという肝心な部分を忘れていた時点で裏切っている気もするが。それでも、飴の正体を突き止めるのは自分の力でやりたかった。
「どうされました。やっぱり風邪ですか?」
いつの間にか法明が傍に来ていて、熱でもあるのかと顔を覗き込まれる。その至近距離の整った顔にかっと顔が赤くなるのを自覚し、そっと距離を取った。
「だ、大丈夫です。本当に寝不足なだけですから。それに寝不足なのも調べたいことがあってつい夢中になっちゃっただけですし。その調べ物も、もう少し自力で頑張ってみます」
「そうですか。夢中になっていたのならば仕方ありませんね。でも、無理しないでくださいね。なかなか答えが見つからないとなれば、その知識自体が自分の中に欠けているこということもあります。習得できていないことは誰かに教わるのが一番ですからね。それに体調も、悪かったらすぐに行ってくださいね。今も少し顔が赤いみたいですけど」
「あっ、その、赤いのは、ちょっと暑いからですよ。今日は寒かったから厚着しちゃったなあ。薬局の中は暖かいですねえ。今は暑く感じちゃいます」
白々しくはははっと笑って、桂花はまだ着替えていなかったのを幸いと休憩室に飛び込んだ。そして、いきなり間近に顔があるのはヤバいって、と頬っぺたを両手で包んで身悶えてしまう。
あの爽やかで整った顔が鼻先五センチ以内にあったかと思うと、思い出しても心臓がバクバクだ。
「しかも、顔が似てるのよねえ、やっぱり」
昨日の夜、はっきりとあの日の出来事を思い出したせいか、法明の顔がますますあの人にそっくりに思えてしまう。目鼻立ちなんて、まるで双子のように似ているように思った。そう思うとさらに心臓のドキドキを加速させていた。
本当に同一人物だったらどうしよう。あの時は老け顔だっただけかしら。その可能性も浮上してくる。
ということは、法明は忘れているだけなのか。それはちょっと悲しい。もしくは双子で出会ったのはもう一人の方とか。
いやいや、妄想がどんどん膨らんでいる。これは拙い。もはやあり得ない可能性の世界だ。
「ヤバいわ」
「何やってんだ、気色悪いなあ」
「ぎゃあああ」
そんな身悶えているところに声を掛けられ、桂花は思わず全力で叫んでしまった。振り向いてみると、弓弦が耳を押さえている。今日もチャラチャラした感じのファッションに身を包み、まるで今からパンクロックバンドのライブにでも行くかのようだ。一体そのファッションセンスはどこから来るのだろう。薬学部にあんなタイプはいなかったけどなあと、関係ないことを考える。
「なんつう声を出すんだよ、お前は。うるせえな」
そんなチャラ男である弓弦が、思い切り顔を顰めて不機嫌になる。するとますます不良っぽい。しかし、今は弓弦のファッションなんて問題ではなかった。さっきの状況を見られたのが問題だ。
「せ、先輩が突然失礼なことを言うからですよ」
見られて恥ずかしい桂花は大声で言い返していた。すると弓弦の顔がますます不機嫌になる。そこからいつも通りの泥仕合だ。
「失礼って。一人でくねくねくねくねしていたお前が悪い」
「くねくねなんてしてません」
「してた。ばっちり目撃したぜ。こうやってくねくねやってただろうが」
そう言うと弓弦は意地悪く両手を頬に当てて、腰をくねくねとさせて見せる。
「そんなこと、断じてしてないです」
「いいや、してた」
「大丈夫ですか?」
そこにひょこっと法明が顔を出して、一体何事かと心配していた。それに二人揃って何でもないですと答えるところは、息がぴったりだ。くだらない口げんかで法明に迷惑を掛けたくはない。
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