第3話 疫病神!?
しかも、まず何がどこにあるのか。それを覚えるだけでも大変である。ここで戸惑っていては戦力にならない。特に漢方薬は種類も多くてさらに名前がややこしい。西洋医薬品もまたしかり。だから四月の間は三人の手伝いをしながら医薬品がどの位置にあるのかを覚えていく期間でもあった。
「あった」
解熱鎮痛剤として第一医薬品としても販売されている、もちろん調剤薬局のものはそれより少し効果が強い、ロキソニンを見つけると、桂花はいそいそと法明の元へと運ぶ。
「はい、大丈夫です」
合っているかどうか、法明がちゃんとチェックしてから患者に渡すのは当たり前。新米であろうとなかろうと、必ず二重チェックをして渡すのだ。薬剤師が渡す薬を間違っては患者の病状を悪化させることになるから、これは絶対に行わなければならないことの一つだ。
「あ、こっちもお願い。ツムラの一番」
「はい」
ついで円から処方箋を渡されて指示される。ツムラの一番とは葛根湯のことだ。葛根湯もまたドラッグストアで購入することが出来るものだ。漢方薬でもこれほど有名なものであれば桂花だって難なく解る。
それにしても、処方箋によると葛根湯だけの処方か。これは肩こりが原因での処方だろうか。それとも風邪の初期症状だろうか。色々と考えさせられる。
「二週間分っと」
こうしてバタバタとしているうちにあっという間に午前中は終わり、昼休憩を少し押した時間でようやく患者が途切れた。再開する三時まで、少しの間ゆっくりすることが出来る。まずは全員で奥の休憩室に移動し、そこでお弁当タイムだ。
「はあ。今日は多かったですね」
まだまだ雑用係の桂花だが、今日はこの薬局に就職して以来の多さだった。四月一日から働いて今日で二週間になるが、これほどドタバタしたことはない。朝慌てて詰め込んだ弁当を開けると、思わず溜め息を吐いてしまう。
「そうですね。花粉症の方も多かったですけど、季節の変わり目とあって風邪の症状を示している人もいましたね。季節が変わる時期は気の乱れが生じやすいですから、これは当然というべきですけど」
法明が自分で作ったという弁当を広げながら、困ったものですねと呟くと
「そうですね。四月に入っても天候が安定しないのと、たまにある寒の戻りのせいでしょうか。春というのは精神的にも不調をきたしやすいですしね。頭痛を訴える人も多かったように思います」
円が手作りサンドイッチを食べつつ付け足した。気が滅入って頭が重いというのは、春先にありがちな症状だった。
「どうだろうな。本当に春のせいだけかな。うちが流行るっていうのは悪い予兆だぜ。そろそろあいつが来るかもよ」
しかし、そんな二人とは全く違う意見を述べるのが、ずるずるとカップ麺を啜る弓弦だ。毎日違う種類のカップ麺を食べるのが拘りのようで、唯一手作り弁当ではない。しかも今日はキムチラーメンという、午後の業務に支障をきたしそうなものを食べていた。休憩室の中にもむわっとキムチの匂いが充満している。しかし、気になるのはキムチラーメンよりあいつという単語だ。
「あいつって、そんな疫病神みたいな人がいるんですか」
桂花が訊ねると、円がしっと指を立てる。言っちゃ駄目と、本当に疫病神が来るかのような反応だ。
「噂をすれば影が差すと言いますからね。業務時間外にしましょうか。総てが終わってからならばまだ大丈夫でしょう」
さらにはそれを補強するかのように法明が遠い目をするので、一体誰が来るんだと桂花はより一層気になる。しかも、その人が来るとここが忙しくなるってどういうことだろう。よほどの問題児なのか。それともすぐに体調を崩す人なのか。
「あいつは業務時間外でも来るけどなあ。それにしても疫病神か。言い得て妙だ。あいつにぴったりだぜ」
しかし、そんな二人に無駄だと思うぞと弓弦はにやにやと笑っている。ひょっとして弓弦は来てほしいのか。でも、疫病神であることは認めている。ううむ、ますます解らない。
ともかく、この薬局としてはあまり好ましくない人がやって来る前触れだと、誰もが思っているらしい。一体どんな奴なのやら。しかし、どんな人であろうとも、忙しい理由にされるというのはどうなのだろう。しかもあの真面目な法明までが禁忌事項にしているのも気になる。
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